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《超一流》の美術作品を集める皇居美術館(2) [アート論]

3 工芸を含む芸術の豊かさを

彦坂・私は中学生の時から美術館回りをして、東京国立博物館にお弁当を持って行って、とにかく訳の分からないままに国宝や重要文化財を目で暗記しようとしてきたのよね。

坂上・何故に目で暗記しようとしたですか?

彦坂・なぜかと言えば、東京国立博物館に行って国宝や重要文化財になっている名品をみても、何か茶色っぽい古くさいもので、中学生の私には良いものとして理解できなかったからね。

坂上・理解できない事を、何とか乗り越えよう思って、丸暗記したのですか?

彦坂・そう、とにかく国宝や重要文化財に指定されている良いとされる美術品は、眼で丸暗記しようと考えたのね。「暗記、暗記」とお題目を唱えて、目を開き、国宝を凝視して頭に刻み付けようとしたのです。

坂上・真面目ですね。

彦坂・大学生になると京都国立博物館や、奈良の大和文華館、奈良国立博物館に、新幹線に乗って繰り返し行くようになります。なぜにそういうことをしたかといえば、昔は一ドル三六〇円の固定相場性であって、日本人は貧乏で、私の家のような中流では外国に行って本物を見られないので、海外作家の目に対抗するには、自国の最高の美術品を見る事で、芸術の善し悪しを見分ける目を作ろうと思ったのです。日本のすぐれた名品というのは、何といっても奈良や京都などの関西に集中してあるのです。ですから私の美意識を育てたのは、京都や奈良であり、日本の国立博物館であり、国宝の評価システムという伝統美的な権威主義的なものなのです。

坂上・でも、彦坂さんて、国宝で、しかも国民的な人気の長谷川等伯の「松林図」を、《六流》の『ペンキ絵』であるって言って、飲み屋で喧嘩していたではありませんか(笑)。

彦坂・しかし長谷川等伯の「松林図」に夢中になる人は、下敷きにある牧谿という中国画家も知らないという教養の無い人が、大多数なのです。イメージとしては「松林図」は良さそうではありますが、きちんとした絵画としては、松ノ木も大地にきちんと根を張っていまいし、松ノ木と松ノ木の相互の関係性も空間も描けていない。つまり《真性の芸術》ではないのです。つまり日本の重要文化財を再度自省的に、自己批判的にまで参照し検証するところまで私は、成長して来て、今回の皇居美術館と言う空想美術館のプロジェクトを始めたのです。つまり彦坂尚嘉というのは、日本美術界の権威の中で育てられて、それを内側から食い破って出現して来た鬼っ子なのよね。

坂上・確かに、鬼っ子ですね。私なんかより年寄りのくせに、若いアーティストの展覧会を作ったり、そのくせに古美術も勉強し続けて、よくもそういう風に、情報化社会の先端の流行美術と、反対の古美術を同時に追いかけられますね。

彦坂・私は中学二年のときに、講談社の『世界美術全集』と『日本近代絵画全集』というものを買っています。はじめに気がついたのは、赤の色が国によって違うという事でした。たぶん、手に入る赤の顔料が違っていて。そういう中で違いが固定されて行ったのだろうと考えました。日本の赤はやや黄色みのある朱色が主流でした。イギリスの赤はそれに比べると青みがあって、赤紫に近い赤でした。つまり日の丸の赤と、ユニオン・ジャックの赤が、おなじ赤でも色相に差があるのです。美術を見る目は、あくまでも全人類史の中で見て行かないと、芸術の本質も、日本の固有性も見えては来ないのです。

坂上・日本美術しか見ないと公言する日本美術史の専門家とか、右翼を公言する文芸評論家もいますよね。

彦坂・実は私はそういう保守的で右翼的な人たちも嫌いではないのですが(笑)、しかし全人類史の美術を広範に見る中で日本美術を見ないと、自国の美術作品の赤の色すらが理解できないと考えます。
 皇居美術館建設という主張は、これでナショナリズムを鼓舞しようとしているわけではありません。むしろローカリズムです。グローバリゼーションが拡大していくときに発生するローカリゼーション、進歩があれば退化があるという原則がありますので、グローバリゼーションが進むならローカリゼーションもある。その両方のバランスを取らないと、自分たちの個人性というか個別性を失うわけです。ですから、海外にたくさん出て行って、大きな美術館でヨーロッパ美術のいいものを見る事はいいと思います。アメリカ美術の良いものを見るのもいいし、中国に行って本物を見るのもいいのですけれども、日本国内で日本美術の優れたものを見られる場所がないという現実の冷酷で貧しい事実を忘れてしまうと、単純なアイデンティティすらも取れなくなります。根無し草のニセモノの人間になって、ただのゴミのようにしか生きられなくなる。私たちはある種の日本という言語共同体の運命の中を生きているわけです。何も好き好んで日本人に生まれたわけでもありませんし、日本という島国に生まれたわけではないのだけれども、それはひとつの運命ですから、自分の運命性みたいなものとして、日本美術の《超一流》性をきちっと、自らの足元として見て自覚する必要があるわけです。
  その自覚性を欠いてしまうとただ外に出ていってグローバリゼーションの中で翻弄されてまあ消費されて消えてしまいます。そういう事に抵抗しようとすれば、皇居美術館を建設しようと言うローカリゼーションの動きというのも、それは保守反動的な思考かもしれないですけれども、しかし無意味な欲望では無いだろうと思うわけです。

坂上・情報社会特有のローカリゼーションというものを考えてみる必要があるわけですね。

彦坂・そういう意味での皇居美術館という事を主張しているのですよ。皇居美術館に日本美術の《超一流》の名品を集めて常設展示をして、誰でもいつでも見られるようにして、そういうかたちで美術館を整備して世界に日本美術を発信していく必要があるわけです。

坂上・日本は小さい国だけれども、小さいからこそ美術は《超一流》性で優れているという事ですね。小さいものが優れているという事は、今のITの時代だからこそ言える事ですね(笑)。

彦坂・日本の美術家については、すでに述べたように中学二年生の時に買った『日本近代絵画全集』に書かれている評伝と、村松梢風の『本朝画人伝』で私は勉強したのです。中学生段階で最初に買って、それから以降も結構読んでいるのですが、そうすると私が優れていると思う美術家は中国美術の大きな影響を受けているのですよね。私一番好きだった作家のうちの一人は、靉光と言う画家で、靉川光郎、本名が石川日郎です。大正天皇が崩御して昭和という時代になった一九二六年に二科に入選というかたちでデビューして、太平洋戦争中という最悪の時代に生きて、敗戦直後に上海でマラリアとアメーバー赤痢で死んだ靉光。私は高校生の時に靉光の絵画が大好きだったのです。広島出身の画家で、原爆で靉光の多くの資料な燃えてしまっています。しかし残された油彩画やデッサンに私は深い感動をお覚えたのです。
 で、もう一人は先ほど書いた墨の豚と言われた富岡鉄斎です。富岡鉄斎は、耳が少し不自由な画家ですが「万巻の書を読み、万里の道を往く」を座右の銘にして実践した偉大な画家です。
 ふたりとも中国美術の影響が強い作家です。靉光ですと宋元院体画というものに大きな影響を受けています。富岡鉄斎は中国元明時代の古書画を模写して学んだ小田海僊に教えを受けているので、元や明時代の中国絵画の影響を受けているのです。
 中国の場合、美術家には二種類あります。ひとつは士太夫といって高級官僚です。軍人と文官という普通の官僚の偉い人で、それらが文武両官で、彼らが支配者層ですが、絵を描くのです。自分たちが教養があって、偉いという事を見せつけるために、絵を描く。それが文人画といわれるものです。もう一方は、宮廷が存在しますから、当時は宮廷の美術装飾品をつくっていく画院というものが当時ありました。

坂上・画院というのは入るのに試験があって、試験に通った人が職業画家になっていったのですね。

彦坂・ヨーロッパの芸術家の場合には職業画家しかいないので、その辺が日本の常識とは違うのですよ。

坂上・日本では、画家になると言うと「好きなことが出来て良いですね」という風に趣味人と区別がつかないのですよね。

彦坂・文人画家の伝統があって、それを芸術家と信じているからです。実際には職業画家の系譜がもうひとつあって、職業人であって、労働として美術品を制作し、販売をして食べて来ているのです。「絵は賎技なり」という言葉がありますが、絵画を作る技術は画工のものであり、それは下級の卑しいもののやる事であったのです。家系的にも「庶子およびその子孫」と言われるもので、私生児で、社会的な正当性が無い者とその子孫が、美術家になって行ったのです。
 中国画家で一番有名な一人は、北宋の范寛で、范寛の山水画は超一流の絵画で、台湾の國立故宮博物院にもあって見る事ができます。

坂上・私も見に行っています。もっとも現存するのは「谿山行旅」という一枚だけですね。一作品しか残っていない作家! 一枚だけ見せられて、「どうだ、すごい画家だろう」と自慢されるのも、自慢される方は、なかなか納得のいかないものですよね。それだけすごい作家なら、もっと多くの作品を、多くの人びとが守ったはずだと思うのですけれども。

彦坂・中国は戦乱を何度も体験しているので、美術品や建築が燃えてしまっているのです。范寛は職業画家であるといわれます。范寛の絵画には多くの日本人が惹きつけられています。けれどもこういう超一流の絵画が中国には実はたいへんに少ないです。 
李成も《超一流》の風景画です。郭煕も超一流ですけども、大和文華館で、この二人が作った李郭派山水画の展覧会が開催されています。私も見にいっています。もっとも李成と郭煕は同時代人ではなくて百年ぐらいの時代差がありますので、「李郭派」というのは、日本で言えば琳派というようなものであって、《系譜的流派》なのです。

坂上・モダンアートが同時代的流派に焦点が会ったのに対して、前近代には《系譜的流派》があったのですね。

彦坂・こういう「李郭派」様式は確かに優れた超一流美術で、《超一流》の倒錯した《四十一流》性も併せ持っています。しかし同じ李郭派の中でも私が六流と判断する《第六次元 自然領域》の凡庸な絵画が結構な数あります。そしてこの時期の山水画以外には《超一流》《四十一流》の絵画が中国にはほとんどなく、多くは《一流》美術です。
 中国は政治性が非常に強い大国家で、《第一次元 社会的理性領域》というものが強いようで、美術作品も《一流》に抑制されていて、社会的理性領域を超える事がむずかしいようなのです。

坂上・日本だって《一流》は強いのではないですか。

彦坂・確かに日本も《一流》は強いのですが、中国はもっと《一流》が強いのです(笑)。もちろん《第6次元 自然領域》の凡作も多いですが、中国の絵画の名品の多くは《一流》美術にすぎません。もちろん《一流》が良いという価値観で言えば中国は大絵画がたくさんあります。しかし私のように、《一流》を超えて行って、社会的理性や常識の支持を超えた《超次元》に立って、表現として真に自立した《超一流》の絵画を優れているという価値判断に立つと、《一流》というのは社会的存在ですから、社会的規範に支えられ、社会に依存した《世間体の芸術》にすぎないものになるのです。

坂上・彦坂さんのような冷めた目で見ると、たいしたことはないのですか(笑)。彦坂・芸術の歴史である《原芸術》を原点として、社会の外に規範をとって、芸術として超出したものを見ようと思うと、中国美術にはそれが少なく、「あ、これはもしかすると日本が多いのかな」という気持ちになったわけです。芸術というのは、複雑な構造していて、しかも基準が二つあるのです。ひとつは芸術の起源から始まって、純粋に芸術の歴史を刷新して屹立してくる《原芸術》に依拠した《真性の芸術》です。もうひとつは、一般社会の中での芸術の評価を基準として成立してくる《世間体のアート》を基準とする芸術です。

坂上・《世間体のアート》って、リアルで面白い見方ですね。

彦坂・ヨーロッパでだいせいこうしたティツアーノとかミケランジェロというのは、《世間体のアート》で成立していて、《原芸術》性が無いのです。中国美術の歴史を見ると、元(十三〜十四世紀)までは《原芸術》を基準とするすぐれた作品がありますが、明(一三六八〜一六四四年)や、清(一六四四〜一九一二年)になると《世間体のアート》を基準にした美術に変化しています。つまり私のような眼からすると明や清の美術は評価できないのです。 

坂上・でも日本も《世間体のアート》は強いのではないですか?

彦坂・確かに《世間体のアート》は強いですね。それでも『源氏物語絵巻』は《原芸術》性をもつ《真性の芸術》なのです。しかも《超一流》なのです。

坂上・つまり《超一流》の絵画に焦点をあわせると、日本美術は中国美術を、量と種類で圧倒的に凌駕しているというのですね。

彦坂・中国美術はすぐれていて、日本美術は《二流》であるという、小さな時から教え込まれて来た日本人の劣等感は、どうも事実に反するのではないか?と考えるようになったのです。

坂上・でも、中国の青銅器や陶磁器、そして書になると、中国の美術品は凄いですよね。夏や殷の青銅器は、ほんとうに偉大な芸術です。

彦坂・確かにそうですね。日本には青銅器の《超一流》のものは無いように思いますが、しかし日本にも鉄器というか、日本刀は《超一流》《四十一流》の鑑賞芸術性を持ったものがたくさんあります。しかも日本刀は、刀身自体が芸術的価値を発揮しているものがあって、すぐれた日本刀には《原芸術》性があって、鑑賞芸術として《真性の芸術》なのです。

坂上・日本刀の美しさは、中国人も認めていますね。

彦坂・日本刀は、日本美術の傑出した美しさの代表なのです。ただすぐれている日本刀は時代的に限られていて、平安時代後期から、せいぜい室町時代の末くらいまでが《第四十一次元》です。江戸時代になると古刀は終わってしまって、新刀になって《第八次元》の《八流》になってしまって、ただの人切り包丁に成り下がってしまいます。
 私は中学生の時から東京国立博物館で古備前派の包平の大包平(おおかねひら )などの国宝の日本刀を見て来ているから、日本刀を鑑賞する事には違和感はまったくないのです。一応日本刀の先生が私にはいて、太田丈夫さんというマニアですが、彼に教えてもらっています。しかし今日の現代アートの作家たちは、ほとんど見向きもしないのです。

坂上・「日本刀は分からない」と、現代美術の人は言います。

彦坂・しかし分かるも分からないも、そもそも彼らは見ていないのです。良い刀を見て目で覚えれば、刀の善し悪しは、次第に分かるようになります。ですからすぐれた刀、この場合は《超一流》が反転倒錯した《四十一流》のものが名刀ですが、それを常設展示して、日本人にも、海外の人にも見て欲しいですね。

刀剣 太刀 銘備前国長船兼光作   14世紀
刀剣 太刀 銘国行(山城)   東京 藤沢家 国宝
刀剣 太刀 銘奉納八幡宮御宝殿北条左京大夫平氏綱   相州住綱広 作
刀剣 太刀 銘備前国長船住左衛門尉藤原朝臣則光
刀剣 大太刀 銘備前国長船兼
刀剣 太刀 銘宝寿
刀剣 大太刀 銘備州長船法光生年三十三
刀剣 太刀 銘来国光
刀剣 刀 金象嵌銘 城和泉守所持 正宗麿上 本阿(花押)   東京国立博物館
刀剣 太刀 筑州住左
刀剣 太刀 銘備前国包平作   東京国立博物館 国宝
刀剣 刀 銘奉納接州住吉大明神御宝前   大阪 住吉大社 重文
刀剣 太刀 銘一   静岡 矢部家(矢部利雄) 国宝
刀剣 短刀 銘山城国西陣住人埋忠明寿   東京 古河家 重文

坂上・刀剣の次いでに、鎧はどうなのですか?

彦坂・鎧って、きれいなものがたくさんあるのですが、ほとんどが《一流》なのですね。でもね例外もあって、一番すごいのは徳川家康の鎧が《超一流》なのですが、それはヨーロッパの甲冑を輸入して、改造した南蛮胴具足というものなのです。日光東照宮が持っています。もっともこうした南蛮胴具足というのは徳川家康だけでなくて、当時ははやっていた様です。

鎧 南蛮胴具足   栃木 日光東照宮 重文
鎧 仁王胴具足   東京国立博物館

坂上・徳川家康って、西洋鎧をきていたのですか! でも、これって芸術なのですか?

彦坂・芸術というものを鑑賞芸術に限定して、しかもモダンアートが追求した純粋芸術に限定すると、《原芸術》《芸術》《反芸術》の三種類の《ハイアート》しか、《真性の芸術》とは言えなくなります。
 しかし、《世間体のアート》、そして《非芸術》《無芸術》といった《ローアート》も芸術として認めれば、着物や鎧も芸術として鑑賞されるのです。
 実際、たとえばメトロポリタン美術間では服も西洋鎧も展示されています。同様の事は多の他の美術館でもいくらでも見られる事です。

坂上・着物はどうですか? 東京国立博物館には、着物も展示していますよね。

彦坂・橋本治さんの『ひらがな日本美術史』という連載が芸術新潮で十年間展開されて七冊の本になっています。その中に着物も入っているのですが、橋本さんが論じた着物というのは、能衣装なのです。能面や狂言面には《超一流》や《四十一流》のものがありますが、能衣装は全て《一流》しかありません。しかし着物の中には《超一流》のものもあるのですね。そのいくつかは布をつないで作ったパッチワークです。パッチワークというのは、コラージュですので、《一流》という社会的な常識を超える事がコラージュでできるのですね。

坂上・着物のパッチワークって、きれいですね!

着物 紺・緋羅紗袖替り陣羽織   山形 上杉神社 重文
着物 菊水文様小袖   国立歴史民俗博物館
着物 滝に受鉢菊文様小袖   国立歴史民俗博物館
着物 片身替鉄線扇面模様縫箔   東京国立博物館
着物 金銀欄椴子等縫合胴服   山形 上杉神社

坂上・能衣装の話が出たついでに、能面はどうですか。

彦坂・能面では、何と言っても秀吉が愛した「雪の小面」が美しいですが、他にも般若面や、翁面、そして狂言面に《超一流》があります。それと伎樂面にもすぐれた《超一流》の面があります。

面 小面 雪の小面   京都 金剛家
面 伎楽面 呉公   奈良 正倉院
面 伎楽面 冶道   東京国立博物館 重文

坂上・陶器は国宝が数点しか無いと聞きましたが。

彦坂・国宝指定されると、使えなくなるので、それもあって少ない様ですが、しかし前漢(紀元前206年 - 8年)から《超一流》の陶器のある中国に比べると、日本の陶器は《超次元》がすくなくて、ほとんどが《第一次元 社会的理性領域》ですね。 、それでも本阿弥光や長次郎の陶器は《超次元》で、日本の独自性があります。
陶磁器 色絵橘文大皿 鍋島   静岡 MOA美術館
陶磁器 本阿弥光悦 黒楽茶碗 銘「雨雲」   三井文庫 重文
陶磁器 本阿弥光悦 白楽茶碗 銘「不二山」   サンリツ服部美術館 国宝

  そういうわけで、《超一流》と、その倒錯領域の《四十一流》の日本美術を集めてみようと考えて、それらを皇居美術館に展示しようというアンドレ・マルロー的な空想の美術館を構想したのです。
 アンドレ・マルロー(1901〜1976年)というのは、フランスの作家で、政治家です。マルローは、印刷複製による画像によって、美術作品が場所や時代、そして大きさの違いを超えて、違う関連性を見せてくれる新しい知的な広がりを評価して『空想の美術館』と名づけたのです。
 皇居美術館というプロジェクトは、このマルローを引き継ぎつつ、皇居に巨大美術館を建築したとする空想が見せる広がりを提示したものです。そういうわけで《超一流》の日本美術館というのが『皇居美術館』です。ですから、日本美術全集として《超一流》の画像を集めて一冊の本にしようと構想したのですが、一冊が四万円もの本になるというので、出版企画としてはこの厳しい時代には無理で、とりあえず本書のような書籍になったのです。 
 その世界版で、世界の美術の中から《超一流》の名品を集めた美術館=美術全集が「帝国美術館」というものです。これも基本的な複製画像は集めているのですが、これも美術全集集として編纂して出版するのは、むずかしい情勢です。
 この両者は、美術の善し悪しを《超一流》を基準にして再度洗い直すと言う美術史批評的なコンセプチャルアート作品なのです。

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じじ

彦坂様
いつも楽しませたいただいてます。ありがとうございます。

突然ですが、ウィリアムケントリッジについて判定願えませんでしょうか。

お忙しいとは存じますが応えていただけると幸いです。

よろしくお願いします。
by じじ (2010-04-04 09:46) 

ヒコ

じじ様
ご質問ありがとうございます。
ウィリアムケントリッジは、実は建築系美術ラジオで、取り上げてやっています。いま、建築系ラジオが大改造中で、放送が遅れています。
『アートの格付け』としては《想像界》で《第6次元 自然領域》、《象徴界》で《第6次元 自然領域》、そして《現実界》で《第41次元 戦争領域》なのです。
 まじめに芸術として考えると、それほどレベルの高いものではありません。特に絵画として展示されている大きなドローイングは、『ペンキ絵』です。キチンと描けていません。
by ヒコ (2010-04-05 10:07) 

じじ

お答えいただいてありがとうございます。
格付け納得です。
ぺんき絵との指摘も理解できます。

ラジオ楽しみにしております。
by じじ (2010-04-05 22:08) 

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