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斉藤ちさとの作品解説と芸術分析/価格 [気体分子ギャラリー]

題名:気泡とモクレン(木蓮)の花 

2008-09年制作 ラムダプリント、イメージサイズ:435×652ミリ

特別に作ったアクリル製水槽に炭酸水を入れて、その水槽越しに撮影したモクレンの花の写真です。作品のテーマは、モクレンの花の美しさよりも、手前の気泡の方にあるのです。私たちの人間関係は、この気泡のように各自が自立して、バラバラにただよっています。この写真作品の気泡を見ようとするとモクレンの花に目がいくし、逆にモクレンの花を見ようとすると、気泡に目が動いてしまいます。見るものの視線が、気泡とモクレンの花の間を揺れます。

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彦坂尚嘉責任による芸術分析
《想像界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現

《シリアス・アート》と《気晴らしアート》の同時表示
《ハイアート》と《ローアート》の同時表示

シニフィアン(記号表現)とシニフィエ(記号内容)の同時表示
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

定価    :450,000円
最低入札価格:200,000円


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題名:気泡と月島のビル群 

2008-09年制作 ラムダプリント、イメージサイズ:435×652ミリ

東京の月島のビル群を、特別に作ったアクリル製水槽に炭酸水を入れて、その水槽越しに撮影した写真です。作品のテーマは、月島のビルの風景そのものよりも、手前の気泡の方にあるのです。気泡はまるで金属のように硬質で、しかも気泡と気泡の関係が作り出す空間の深みは、日の当たるビルの輝きとともに、不思議な光景を作り出しています。これは何なのでしょうか? 見るものの言葉を失わせるかの様なもやもやした世界は、世界が蒸発して雲の様な水蒸気になって気象化した現代を象徴してかのようです.

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彦坂尚嘉責任による芸術分析
《想像界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現

《シリアス・アート》
《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)とシニフィエ(記号内容)の同時表示
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

定価    :400,000円
最低入札価格:180,000円

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題名:気泡とクローバーの絵 

2009年制作 ラムダプリント、イメージサイズ:435×652ミリ

2003年、斉藤ちさとが描いたクローバーの絵が、川久保玲の目にとまってコム デ ギャルソンのイメージDMに使われています。さらに2005年の 『コム デ ギャルソンによるコム デ ギャルソン展』にも展示されました。そのクローバーの絵を、特別に作ったアクリル製水槽に炭酸水を入れて、その気泡越しに撮影した作品です。たくさんの気泡の一つ一つに、クローバーの葉が写り込んでいて、背景のクローバーと気泡のクローバーが呼応しています。この背景を内部に取り込んだ気泡の一つ一つのありようは、まるで私の欲望の姿です。確かなものとしてある自分の欲望が、実は背景である社会の欲望のコピーであるのです。私たちは、この気泡のように各自が自立して、バラバラにただよっているのですが、しかし背景のコピー世界を内部に取り込んでいるだけなのです。そうして私たちは幸福の4つ葉のクローバーを執拗に探しているのです。

 

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彦坂尚嘉責任による芸術分析
《想像界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現

《シリアス・アート》
《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)とシニフィエ(記号内容)の同時表示
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

定価    :450,000円
最低入札価格:200,000円


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題名:気泡と自由の女神 

2009年制作 ラムダプリント、イメージサイズ:652×435ミリ

特別に作ったアクリル製水槽に炭酸水を入れて、その水槽越しに撮影したお台場にある自由の女神の写真です。自由の女神の像は、写真では良く分からないものになっています。作品のテーマは、手前の気泡の方にあるのです。気泡はまるで金属のように硬質で、しかも気泡と気泡の関係が作り出す空間の深みは不思議な光景を作り出しています。これは何なのでしょうか? 見るものの言葉を失わせるかの様なもやもやした世界は、世界が蒸発して雲の様な水蒸気になって気象化した現代を象徴してかのようです.

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彦坂尚嘉責任による芸術分析
《想像界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現

《シリアス・アート》
《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)とシニフィエ(記号内容)の同時表示
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

定価    :400,000円
最低入札価格:180,000円

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題名:気泡とレインボーブリッジ 

2008-09年制作 ラムダプリント、イメージサイズ:435×652ミリ

レインボーブリッジを、特別に作ったアクリル製水槽に炭酸水を入れて、その水槽越しに撮影した写真です。レインボーブリッジは、写真では良く分からないものになっています。作品のテーマは、手前の気泡の方にあるのです。気泡はまるで金属のように硬質で、しかも気泡と気泡の関係が作り出す空間の深みは不思議な光景を作り出しています。もやもやとしたスチーム状の世界は、世界が蒸発して雲の様な水蒸気になって気象化した現代を象徴してかのようです.

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彦坂尚嘉責任による芸術分析
《想像界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現

《シリアス・アート》
《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)とシニフィエ(記号内容)の同時表示
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

定価    :300,000円
最低入札価格:150,000円

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題名:気泡とクローバの絵 

2009年制作 ラムダプリント、イメージサイズ:652×435ミリ

2003年、斉藤ちさとが描いたクローバーの絵が、川久保玲の目にとまってコム デ ギャルソンのイメージDMに使われています。さらに2005年の 『コム デ ギャルソンによるコムデ ギャルソン展』にも展示されました。そのクローバーの絵を、特別に作ったアクリル製水槽に炭酸水を入れて、その気泡越しに撮影した作品です。たくさんの気泡の一つ一つに、クローバーの葉が写り込んでいて、背景のクローバーと気泡のクローバーが呼応しています。この背景を内部に取り込んだ気泡の一つ一つのありようは、まるで私の欲望の姿です。確かなものとしてある自分の欲望が、実は背景である社会の欲望のコピーであるのです。私たちは、この気泡のように各自が自立して、バラバラにただよっているのですが、しかし背景のコピー世界を内部に取り込んでいるだけなのです。そうして私たちは幸福の4つ葉のクローバーを執拗に探しているのです。
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彦坂尚嘉責任による芸術分析
《想像界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現

《シリアス・アート》と《気晴らしアート》の同時表示
《ハイアート》と《ローアート》の同時表示

シニフィアン(記号表現)とシニフィエ(記号内容)の同時表示
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

定価    :400,000円
最低入札価格:180,000円

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パフォーマンスとしての斉藤ちさと作品の展示(展示論を少し加筆1) [気体分子ギャラリー]

斉藤ちさとの写真作品を、彦坂尚嘉が手でもって展示パフォーマンスをして、
それをまた、斉藤ちさとが撮影して写真にしたというコラボレーション作品です。
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気体分子ギャラリーは、ネットギャラリーなので、ギャラリーとしての建築の箱を持っていません。
そうすると、展示そのものについても、自由度が増すのです。


展示そのものをパフォーマンスとしてなし得るのです。

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「作品展示」というと、画廊や美術館でのホワイトキューブといった抽象的な空間を前提にした展示をイメージしますが、それは美術作品の普遍的な展示形式ではありません。

たとえばアルタミラの洞窟における美術は、岩の固まりに彩色を与えた様なサイトスペシフィックものです。
つまりアルタミラの洞窟の美術は、サイトスペシフィック・アートなのです。
サイトスペシフィック・アート(Site-specific Art)とは、特定の具体的な場所に存在するために制作された美術作品およびその展示です。

このことから振り返って言うと、《近代》におけるホワイトキューブの抽象的な空間への展示というのは、実は《流通》を前提にした美術市場を象徴したものなのです。この展示性をもっとも具体的に示すのは、サザビーズやクリスティーズのオークション会場での展示です。その壁は、作品を展示しているというよりも、流通の壁であって、展示ではなくて流通なのです。実は昔の銀座の貸し画廊の白い壁もまた、流通の壁であって、ラブホテルのような貸し空間の壁というのは、通り過ぎるラブアフェアの空間と同様の、貸しという金銭取引の白い壁であったのです。つまり白い壁に展示するというのは、あくまでも金を基本においた市場の空間に過ぎません。それは全人類のすぐれた美術作品のありようを見てみれば分かりますが、《近代》特有の異常な展示であったに過ぎないのです。

さて、では情報文明における美術の展示というのは、どうなるのでありましょうか。つまりインターネット空間に美術作品を還元して行こうとする時に重要なのは、基本としては、《近代》特有の白い壁の展示を否定するものであることが模索されないと、面白くないのです。

越後妻有にしろ、四国にしろ、深川にしろ、何処で展示しようと、インタネットの情報空間に還元して行くのならば、もっと自由に展示もまたなし得るのです。展示というものの本来性や本質を否定して、非本質的で、非本来的な倒錯した展示の可能性を探してみる。これらは、情報化文明を否定する人たちが指摘するようにゴミ情報に過ぎないのですが、ゴミ情報こそが情報化社会の重要な文明なのです。何故にゴミで良いのか? それは人間存在そのものがゴミだからです。一片のゴミとして生きて死ぬことの正当性をかけて行く事がアートであって、そのゴミ性こそが、人間存在と文明の隠された真実を指し示すのです。

フリーアートの問題は、こうしたゴミ性と深く関わっています。フリーアートと、商品としての美術作品の両方から見る事においてしか芸術そのものの本質は見えないのであって、その意味でも、アートの情報化としての展示の追求(=フリーアート)は、やってみる値打ちはあるのです。










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彦坂尚嘉による越後妻有の名品/塩田千春 [アート論]

彦坂尚嘉による越後妻有の名品/塩田千春 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 作品番号232  塩田千春「家の記憶」 彦坂尚嘉の解説による作品紹介 2009/8/9~12に行われる「越後妻有トリエンナーレの中 の名品を求めて巡るツ アー」 http://hikosaka2.blog.so-ne... の予告編 期間中は木村静が下記のブログで毎日動画リポートをお届けします 。 http://channelp.exbl...
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斉藤ちさと論 [気体分子ギャラリー]

今、気体分子ギャラリーのホームページの改造・改良と更新で、上岡誠二さん、栃原比比奈さん、中川晋介さん、金田圭史さん、さらにYouTubeでのビデオアップで木村静さんのご協力をいただいています。斉藤ちさと展も、なかなか改造後というわけに行かないので、工事中の中での個展となりますが、お見苦しい面はお許しください。来たるべき2010年代は、私も全力でホームページ作りに集中して行こうと思っています。

以下の文章は、気体分子ギャラリーのホームページに載せるものです。
ホームページにアップしたら、ダウンさせるかもしれません。


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斉藤ちさと/獏(ばく)と気泡 1 2009年

 

 

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斉藤ちさと/獏(ばく)と気泡 2 2009

 

 


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 1990年代後半には、HIROMIXや蜷川実花、長島有里枝などの女性 写真家が次々と出現した、「ガーリーフォト」という芸術現象がありました。


 

1404021210.jpgHIROMIX
《第6次元》の《真性の芸術》

蜷川実花.jpg蜷川実花
《第6次元》のデザイン的エンターテイメント

01.jpg長島有里枝
《超次元》の《真性の芸術》

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斉藤ちさとも、この1990年代後半に、写真をつかった作家とし て登場します。ただし斉藤ちさとの作品はフォトグラムでありました。フォトグラムというのは、カメラを用いずに、印画紙の上に直接物を置いて感光させる などの方法により制作された写真作品のことです。フォトグラムを使った作家としては、ダダイストまたはシュルレアリストとして有名はマン・レイがいますが、斉藤ちさとはこのマン・レイと、イタリアのマニ エリズムを代表する奇想の画家ジュゼッペ・アルチンボルドの影響で、 様々なオブジェを印画紙の上に置いて、奇怪な人の顔に見える画像を作り出したのです。

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斉藤ちさと フォトグラム 1995〜96


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斉藤ちさと フォトグラム 1995〜96

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斉藤ちさと フォトグラム 1995〜96

この大きい方の作品のサイズは3メートル×2メートルというもの。
この作品をジョニーウォーカー氏が買ってくれている。凄い!

村上春樹の『海辺のカフカ』に出てくるジョニーウォーカーは、この人がモデル。
某美術財団の仕事をしている人です。大きな犬を連れて画廊回りをしているのも見ています。

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斉藤ちさと フォトグラム 1995〜96
《想像界》の眼で《第41次元》の《真性の芸術》《超次元〜第40次元》が無い
《象徴界》の眼で《超次元》の《真性の芸術》《第1次元〜第41次元》が無い
《現実界》の眼で《第41次元》の《真性の芸術》《超次元〜第40次元》が無い

《現実界》の表現、《想像界》《象徴界》の表現が無い
気体表現、液体/固体/絶対零度の多層的な表現が無い

《シリアス・アート》、《気晴らしアート》が無い
《ハイアート》、《ローアート》性が無い

シニフィアン(記号表現)の美術、シニフィエ(記号内容)性が無い
《原始画面》『ペンキ絵』【B級美術】

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この奇怪な人の顔に見えるフォトグラムの中で、米を使っていた事か ら、その後、米を使った作品や、クローバーの作品などで、ドットや泡粒の作品を根気のいる制作実践を展開して、1970年代のプラクティス・アートを継承する芸術家として評価を得ます。セゾン美術館の個展はその頂点です。

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斉藤ちさとのrice dot drawing 
《想像界》の眼で《第1次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第1次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第1次元》のデザイン的エンターテイメント

《現実界》の美術
気体表現

《シリアス・アート》、《気晴らしアート》が無い
《ハイアート》、《ローアート》性が無い

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

 


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ビニール布に米で絵を描く作品は、清潔な作品で、美術関係者の評価は高かったのですが、しかしそれは同時に、初期のグロテスクなユーモアに満ちた深く暗い《第41次元》の写真の世界を失う事でもありました。イヤそれだけでなくて、《第1次元》の作品ではありますが、デザイン的エンターテイメントでしかないものに退落していたのです。だからこそ、美術関係者に人気があったのです。多くの人はデザイン的エンターテイメントが好きなのです。

斉藤ちさとの私的評伝の調査は私はしていないので、何があるのかは知りませんが、しかし音楽の話をしていても、斉藤ちさとが聴いている音楽は、極めて過激です。彼女が高校生の時、1983年にメタリカの『キムエルオール』というアルバムが出ますが、当時、これは狂気に満ちたスラッシュ・メタルの登場であって、当時の人々には聞きがたい音であったのですが、斉藤ちさとは、メタリカの来日コンサートに行っているのです。そうした音楽の趣味性が原因というわけでもないでしょうが、斉藤ちさとは、東京農業大学で、美術史を非常勤で教えるあたりから急速に、再度の成長を始めます。

 そして斉藤ちさとは、ジャンプをします。プロの写真家として秋山庄太郎が残した秋山写真工房に所属して、新たに写真修行をするとともに、気泡をより硬質に撮影した写真作品で、初期の奇怪性を回復し、より今日の迷宮の様な気体分子状態の世界を描き出す飛躍を展開したのです。

 その作品の最良のものは、《超次元》から《第41次元》までを《想像界》《象徴界》《現実界》の3界に渡って持つものであって、すばらしい《真性の芸術》になっているのです。しかもシニフィエとシニフィアンの同時表示になっていて、今日の現代アートの最高の質に到達しているのです。

 だからこそ、実は多くの人には嫌われる可能性も持ったと言えます。だから、彦坂尚嘉は、声を大きくしてこの斉藤ちさとの作品を評価しなければならないというわけです。
それが今回の斉藤ちさと気体分子個展です。

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斉藤ちさとの写真作品
《想像界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現

《シリアス・アート》、《気晴らしアート》が無い
《ハイアート》、《ローアート》性が無い

シニフィアン(記号表現)とシニフィエ(記号内容)の同時表示
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

 




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彦坂尚嘉による越後妻有の名品/ノイシュタット(改題) [アート論]



大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 作品番号181 
ハーマン・マイヤー・ノイシュタット「WDスパイラル・パートⅢ マジック・シアター」

芸術家 彦坂尚嘉の解説による作品紹介

2009/8/9~12に行われる「越後妻有トリエンナーレの中 の名品を求めて巡るツ アー」 http://hikosaka2.blog.so-ne... の予告編
期間中は木村静が下記のブログで毎日動画リポー.トをします。

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彦坂尚嘉による越後妻有の名品/アン・グラハム(改題) [アート論]

大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 作品番号138 

アン・グラハム/ Anne Graham「スネーク・パス」

 彦坂尚嘉の解説による作品紹介 

 


 期間中は木村静さんが下記のブログで毎日動画リポートをお届けします 。 http://channelp...

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斉藤ちさと展の開催 [告知]



気体分子ギャラリーの第2回展、斉藤ちさと展がようやく開催します。

とは言っても、ホームページを実は改造中でして、
かろうじて滑り込みになります。

それより先に巡回展のご案内をしておきます。
矢野まきさんのスペースであるM7での展示です。
東京都現代美術館への行き道にあります。

写真作品ですが、高度の質に上昇した良い作品です。
見ていただければと思います。


どうぞよろしくお願いいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

みなさまいかがお過ごしでしょうか。

突然ですが、M7(えむなな) に、彦坂尚嘉主催の「気体分子ギャラリー」巡回展がやってきます!
折よく、東京都現代美術館「伊藤公象」展とオープニングが重なっておりますので、
ぜひぜひ行きしな帰りしなにお立ち寄りください。+++ オープニングへのご参加は、M7、作家、関係者からの招待制となっておりますので、ご一報ください。+++

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第2回気体分子ギャラリー展@M7 
「斎藤ちさと 気体分子個展」

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会期: 2009年8月1日(土) - 8月30日(日)
場所: M7(東京都現代美術館から7秒)
オープン:  予約制 12:00-18:00 (月・火・祝日休み お盆休み13 - 17日)

オープニングレセプション: 7月31日(金)18:00-20:00(予約不要)

主催: 気体分子ギャラリー 
協力: MAQUIARTO

■ 作品情報: 1105_9920 / 斎藤ちさと / 2008-9 / ラムダプリント / 535×355mm

詳細はHPにてご確認ください:http://yanomaki.jp

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1990年代後半には、HIROMIXや蜷川実花、長島有里枝などの女性写真家が次々と出現した、「ガーリーフォト」という芸術現象がありました。斉藤ちさとも、この1990年代後半に、写真をつかった作家として登場します。ただし斉藤ちさとの作品はフォトグラムでありました。フォトグラムというのは、カメラを用いずに、印画紙の上に直接物を置いて感光させるなどの方法により制作された写真作品のことです。フォトグラムを使った作家としては、ダダイストまたはシュルレアリストとして有名はマン・レイがいますが、斉藤ちさとはこのマン・レイと、イタリアのマニ エリズムを代表する奇想の画家ジュゼッペ・アルチンボルドの影響で、様々なオブジェを印画紙の上に置いて、奇怪な人の顔に見える画像を作り出したのです。

この奇怪な人の顔に見えるフォトグラムの中で、米を使っていた事から、その後、米を使った作品や、クローバーの作品などで、ドットや泡粒の作品を根気のいる制作実践を展開して、1970年代のプラクティス・アートを継承する芸術家として評価を得ます。セゾン美術館の個展はその頂点ですが、それは同時に、初期のグロテスクなユーモアに満ちた深く暗い《第41次元》の写真の世界を失う事でもありました。

ところが斉藤ちさとは、ジャンプをします。プロの写真家として秋山章太郎が残した秋山写真工房に所属して、新たに写真修行をするとともに、気泡をより硬質に撮影した写真作品で、初期の奇怪性を回復し、より今日の迷宮の様な気体分子状態の世界を描き出す飛躍を展開したのです。それが今回の斉藤ちさと気体分子個展です。

(彦坂尚嘉/気体分子ギャラリーHPより)



お越しの際は、お電話にてご一報ください。 tel: 03 6379 9729

また、作品の販売は入札によります。詳しくは下記へお問い合わせください。
■ 気体分子ギャラリー: hiko@ja2.so-net.ne.jp



気体分子ギャラリーは、複雑系の美術を切り開いて来た美術家、彦坂尚嘉が、
作品行為として展開する、スペースを持たないギャラリーです。

■ 気体分子ギャラリー: http://hiko.hiho.jp/
■ 斎藤ちさとオフィシャルサイト: http://geppei.com/06_saito/cs_index.html



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情報化社会の非本質化について(改題加筆2) [アート論]

越後妻有地域は道路がしっかりと、

どんな辺鄙なところまで舗装されている。

そして長い巨大なトンネルがいくつもいくつもあって、

驚かされるのです。

田中角栄の日本改造論の実現した姿を見せられます。

道路というのは,自然に踏み固められて出来るわけですが、

それは自然採取の原始段階です。

人間が農業をするようになって古代帝国ができると、

道路は都の中心から八方に向かって真っすぐに辺境まで舗装された道路が

作られます、秦の始皇帝やローマ帝国の道路は、こうして舗装道路をつくって、

馬にひかせた古代の戦車軍団を高速で辺境まで走らせて、

辺境で起きる反乱を鎮圧したのです。

ですから舗装道路というのは軍事道路に起源があったのです。

こういう歴史的な経緯で新潟の越後妻有の道路を見ると、

軍事道路というものにはすぐには見えませんが、すくなくとも極めて政治的な

道路には見えるものなのです。

政治的な道路というものの持つ暴力的な意思と理不尽さは、

しかし関越道路の巨大さを象徴として、確かに讃嘆すべき凄さを持っているの

ですが、その結果として若い住民は地方から移動して都会に出て行ってしまって、

過疎と少子化の荒廃と衰弱に見舞われてたのです。

つまり道路は素晴らしいのですが、結果は地域の衰退になったのです。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

近代という時代は、こうした道路をつくるにしても、やたらに大掛かりにい

行き過ぎる過剰さで、日本道路公団は機械のように道路を作りました。

こういう行き過ぎの質を象徴するのは、近代国家の≪性≫の政策です。

明治期の「生めよ増やせよ」という性の政策も過剰なもので、

自然性としての生殖の範囲を超えて大日本帝国の軍隊の兵隊を作り出すために、生むというセックスの過剰を奨励して行ったのです。そして戦争をしつづける戦争機械として作動して行く。つまりセックスが戦争機械のエンジンであるかのようなのです。ですから国家権力はポルノを取り締まったのです。ポルノを見てマスターベーションをされたならば、実際の生殖による人口の増大が阻害されるからです。

その意味で1965年くらいから始まるポルノ解禁の動きは、こうした「生めよ増やせよ」という近代という時代の本質的な生殖への介入が止まって、ポルノという性的な情報化を解禁することによって、生まない性の時代に転換したのです。今日の少子化の問題は、実はこうした情報化社会の非本質化の動きと一致しているのです。

繰り返して整理すると近代という時代の物質文明では、政治的道路をやたらに道路機械のようにつるくるのですが、脱近代の情報文明では、道路としては非本質的なインターネットの通信網での交流に重点が移って、会議も、実際に集まる回数は減って、ネット会議というバーチャルな会議空間になるのです。これを会議の非本質化と言っておきます。「非本質化」という言葉が馴染まないでしょうが、セックスで考えると、この言葉がもう少し、しっくりとします。

つまり自然の生殖の範囲を超えて、実際に妊娠出産を奨励する「生めよ増やせよ」という物質文明の近代国家政策としての性政策を本質的な性への還元主義であったとすると、情報文明の脱近代の社会では、ポルノを解禁して、非本質的な性で、実際の妊娠出産が伴わないバーチャルな性行動が蔓延して、少子化が進んでいくのです。

つまり物質文明では過剰な本質化が推進され、情報文明では倒錯した非本質が推進される。情報化社会の情報が、大半がゴミであるというのもそうなのですが、情報文明というのは、実は倒錯した次元の成立であって、非本質的な領域の成立なのです。つまり情報においてすらが非本質的なゴミ情報こそが、実は情報社会の主力の情報であるといえます。それはセックスの情報の氾濫による性の非本質化に見あっているのです。

現在の金融危機をまねいたサブプライムローンに代表される金融商品やFXのようなものは、経済の非本質化なのでありました。それが「根拠なき熱狂」に踊ったのです。

同様のことは芸術にも言えて、情報文明における芸術は非本質化が推進されるということでしょう。つまり芸術では無い偽の芸術こそが、情報化社会では氾濫する時代なのです。ここでも「根拠なき熱狂」がおきて、芸術なき芸術作品がダンスを踊ったのです。

 情報文明そのものが、本質的な≪非本質化≫という構造の上で成立しているのかもしれません。

しかし現実は情報文明だけで成立しているのではないのです。

現実そのものが重層性で成立しているということを見る必要があります。

現在においても、自然採取の原始段階は生きていて、それがスポーツとしての

釣りやハンティングであっても、生きているのです。

さらに農業化社会の古代文明段階も、現在でもそのような質の次元が生きています。たとえばきちんとした割烹の料理などの領域です。

そして産業化社会の大量生産大量消費のメカニズムも現在も生きているし、建築や道路整備の中で生きているのです。

芸術も同様であって、多層的に成立しているといえます。自然採取段階の野蛮な美術も、そして農業化社会の古典的な芸術段階も、さらには近代のモダンアートの段階も生きているのです。その上に、現在の情報文明の芸術の非本質化が乗っているのです。

この重層化をひとつに実現することと。この重層性においては、情報化社会の真正の芸術が成立できるのです。

同時に情報化社会の非本質化というものの過剰な追及を試みてみたいという、

2つの方向の誘惑が私にはあります。

昨日、新宿の2丁目にあつまって上岡さん、栃原さん、そして木村さん、中川さん、友成さんと私の6人が集まって、気体分子ギャラリーのホームページの再改造の相談をしたのです。

その中で私が提案していたのは、上岡さんのフリーアートとのジョイントで、ひとつフリーアートという項目をホームページに入れようということです。

この中で、フリーアートの名において過激な芸術の非本質化を追及出来ないかということでした。

新しい手法で、観客参加型で実現させるつもりですので、ご参加いただければと思います。


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建築家・松田達氏設計による皇居美術館(改題) [制作]

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『皇居美術館』という本を朝日新聞社出版局から出すという話は、
遅れながらも進んでいて、本年の11月20日が出版予定日になっています。

それも絡んで、彦坂尚嘉の皇居美術館建築模型彫刻を、
実際に建てる事は可能かどうか?
皇居美術館空想という、空想作品なので、
この建築は1000メートルなのですが、
それを実現可能性のある100メートル程度の高さで設計してみようという
作業が、若手建築家の松田達さんにお願いして進んでします。
具体的に立てる場所も下田ということを考えるということで、
空想でありながらも、現実実現性が追求されているのです。
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円を作り出す構造を組み合わせて行くというプランを、

松田達氏がつくってくださって、

私には考えつかないことで、感激しているところです。

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今日は開会式 [日記]

井上清仁さんと、木村静さんと越後妻有に来て、
一泊して、今日は開会式です。

昨日も何人かの知人に会って、
軽い立ち話ですが、楽しかったです。

一期一会という言葉は好きで、
人間関係のはかなさを良く表しています。

特に最近のように気体分子化していると、
人間の関係は、今回のように、軽い出会いと挨拶が主に成るかのようです。

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