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栃原比比奈の ジキル&ハイド2重人格展(校正1) [気体分子ギャラリー]



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神奈川県藤沢市亀井野にある気体分子アトリエでの展示風景

気体分子ギャラリー第3回企画

栃原比比奈の
ジキル&ハイド2重人格展

2010年1月2日〜30日 気体分子アトリエ展
            藤沢市亀井野3-23-11
            要アポイントメント 
            090-1040-1445
            途中で展示替えがあります。

2010年1月25日〜30日 ギャラリー山口
            東京都中央区京橋3-5-3
            ☎ 03-3564-6167

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栃原案内状切手面完成.jpg

 栃原比比奈(とちはらひいな)は、横浜に1977年3月3日生まれです。雛祭りの起源といわれるものに「比比奈遊び」というものがあって、比比奈(ひいな)は3月3日の雛祭り(ひなまつり)に生まれたので、「比比奈(ひいな)」という名前を親に付けられたのでした。


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 1977年生まれというのは、同年齢のアーティストとしては できやよい が、います。
作品が点描を使う事や、知的障害者の絵画を研究した事などあって、できやよい との類似性は、多摩美の学生時代から指摘されていた様です。しかし表面の類似性はともかくとしても、本質的には、ずいぶんと違う作品であると言えます。


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できやよい作品の芸術分析
《第16次元 崩壊領域》のデザイン的エンターテイメント
《原芸術》《芸術》《反芸術》は無い。
《非芸術》《無芸術》《世間体のアート》は有る。


 今回の個展は比比奈(ひいな)の初個展なのですが、点描画法による作品群とCOCKYというキャラクター絵画という2種類の作品を同時に発表するのです。

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栃原比比奈 「めしべ」1999〜2000年、
キャンバスに油彩 1880×1620㎜

《第41次元》〜《超次元》の《真性の芸術》
《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》《非芸術》《世間体のアート》の
すべてがある。 



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栃原比比奈 「女性性器のある椅子」2001年 
キャンバスに油彩 1940×1940ミリ

《第41次元》〜《超次元》の《真性の芸術》
《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》《非芸術》《世間体のアート》の
すべてがある。 

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栃原比比奈 「コッキーの窓」 紙にアクリル 全21枚 2000 180×195㎜

《第41次元》〜《超次元》の《真性の芸術》
《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》《非芸術》《世間体のアート》の
すべてがある。 

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栃原比比奈 「コッキーのペン皿」 ブロンズ 2000年 70×115×h:80㎜

《第6次元 自然領域》の《真性の芸術》
《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》《世間体のアート》は無い。
《非芸術》だけがある。



 点描絵画とキャラクター・イラストレーション絵画という2種類の作品がある故に、それで比比奈(ひいな)が、ロバート・ルイス・スティーヴンソンジの『ジキル博士とハイド氏』という小説にあるような、善人と悪人の2重人格者/解離性同一性障害者であることを示しているのかもしれない、と称した展覧会なのです。

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 実は、芸術とアートというのは、栃原比比奈(ひいな)のように2重人格なのです。
 
 つまり芸術という、ジキル博士に対応する理性的な頭脳の支配する上部構造の芸術と、もう一方のアートには、ハイド氏に対応する野蛮な原始的な頭脳が支配する下層構造のアートがあるのです。
 
 芸術とアートを使い分けたのは、昔は「現代美術」と言ったのに、1991年以降は「現代アート」と言うようになって、似て非なる時代になったからです。

 それを彦坂尚嘉の用語で図式すると、次のようになります。

《原芸術》
《芸術》
《反芸術》
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
無芸術
《非芸術》
《世間体のアート》

 理性脳に接している《原芸術》というのは、モダンアートの原理を支えた純粋芸術の核心です。人間が自然採取の野蛮生活をしていたときから、農耕を始めてエジプト文明や黄河文明のような文明が発生する、その理性脳の発達の原初にあった、芸術以前の芸術段階です。実例を上げると亀甲文字です。 

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 亀甲文字は、絵文字のようでありますが抽象性も高く、文字と呼んでもよい理性性を示しています。この亀甲文字が抽象性を持っているように、モダンアート=近代芸術は、抽象へ向う流れであったのであり、それはレオナルド・ダ・ヴィンチに代表されるルネッサンス以来の手書き写真のようなリアリズム絵画というものを、文字の発生のプロセスように抽象の理性の高みへと高める事を目指した芸術運動であったと言えます。

 フランスの第2次世界大戦後のアーティストのジャン・デビュッフェは、子供のつくる美術や、「未開」人がつくった美術、精神障害者などによる絵画を、「アール・ブリュット=生(き)の芸術と呼んで賛美しました。つまりこうしたアール・ブリュットを、《原芸術》として見る見方は、ピカソがアフリカの黒人彫刻に影響を受けたのをはじめとして、様々なプリミティブアートの影響をモダンアートは受けているので、こうしたものを《原芸術》として考える思考は20世紀には強くあったのは確かなのです。
 こうした見方は社会的な一般性を形成して説得力の高いものではあります。
 が、それを知っていてなお、彦坂尚嘉が芸術の起源とも言うべき《原芸術》というのは、自然や未開、そして野蛮とは一線を画した、文明化の初期段階にこそ、存在する、と考えるのです。その最も分かりやすい例が亀甲文字なのです。
 あるいはギリシアの初期であるアルカイック期の美術に《原芸術》が出現しています。

 
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こうしたアルカイック期の美術は、《第1次元 社会的理性領域》性が
あるのです。

それに対してアール・ブリュット=生(き)の芸術」は、
《第6次元 自然領域》なのです。

どこに《原芸術》を見るのかであって、
微妙な立場の変化ですが、
彦坂尚嘉の見方は、あくまでも初期文明に《原芸術》を見るのです。

縄文土器で言えば、
岡本太郎が激賞した縄文中期の火炎式土器は「アール・ブリュット=生(き)の芸術」であって、後期縄文式土器の地味になったものが、彦坂尚嘉が考える《原芸術》なのです。土偶にも言えて、縄文後期の土偶が《原芸術》なのです。

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後期縄文の土偶
《第1次元 社会的理性領域》の《真性の芸術》
《原芸術》だけがある。
《芸術》《反芸術》《非芸術》《無芸術》《世間体のアート》は無い。

 本論に戻ると、モダンアートの運動というのは、別の言い方をすると、純粋芸術の成立を追求した運動でした。この場合の純粋というのは、蒸留水のような純粋さです。モダンアートというのは、この純粋芸術=純・美術という上部構造の芸術に、限定して行こうという運動であったのです。つまり下部構造の不純・美術という《世間体のアート》を切り捨てて行こうとした芸術運動でした。

 その純粋芸術の頂点のひとつが、ジャクソン・ポロックの「5尋の深み」(1947)という作品でした。そこには《世間体のアート》といったもののかけらも無い、純粋芸術の成立があったのです。


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ポロックの5尋の深み
《超次元》から《第41次元》の《真性の芸術》
《原芸術》《芸術》《反芸術》が有る。
《無芸術》《非芸術》《世間体のアート》が無い。

 栃原比比奈の作品を、こういうモダンアートにあった純粋芸術の追求と、そしてその結果としての《世間体のアート》との分裂として語らないとならないのです。

 つまりもはや旧派となった現代美術には、この純粋芸術という、《世間体のアート》を切り捨てる事を、芸術の成立とする志向性が張り付いているのです。

 それに対して、1991年以降の新しい現代アートには、《非芸術》というデザイン性を重視した《世間体のアート》だけで良いとするアート観が、強くあるのです。つまりモダンアートの純粋主義を否定した転倒の形です。


 しかし、こういう《非芸術》や《無芸術》を重視した《世間体のアート》の台頭は、1975年のアメリカのベトナム戦争敗戦以降に始まっています。その1980年代美術の多くは、しかし長続きする事無く、崩壊して行ったのです。
 同じ現象は、この1991年から、2008年のリーマン破綻の間の現代アートの根拠無き熱狂に見られたのですが、この多くも、1980年代美術と同様に崩壊淘汰されるのではないのか?

 つまり2010年代の、不況化の美術は、《原芸術》と《世間体のアート》の統合への問題として語り、追求されないと、耐久性のある《真性の芸術》の情報化社会の芸術/アートは、成立しないのではないのか?
 彦坂尚嘉が、追求するのは、こうした《純粋芸術》と《大衆芸術=世間体のアート》の同時表示の作品の可能性の問題なのです。そうした可能性として栃原比比奈の作品の2重性を評価するのです。

つまり栃原比比奈の作品は、純粋芸術ではなくて、美術の下部構造である《世間体のアート》と、上部構造である純粋芸術の、両方を統合する性格を持っているのです。
 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 比比奈(ひいな)は、1997年に多摩美術大学絵画科油画に入学して、
大学4年生の2000年から中野区の知的障害者施設でスタッフとして働き、ダウン症や自閉症、重度の知的障害者などが絵を描くプロセスとその作品の研究しています。

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知的障害者の絵の芸術分析
《第6次元 自然領域》のデザイン的エンターテイメント
《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》は無い。
《非芸術》と《世間体のアート》が有る。

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知的障害者の絵の芸術分析
《第6次元 自然領域》のデザイン的エンターテイメント
《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》は無い。
《非芸術》と《世間体のアート》が有る。

 この学問的な研究は2001年に多摩美術大学を卒業しても2003年まで続いていますが、これら障害者の絵画には、障害ごとに共通する構造的な特徴が現れている事を発見し、この発見で、ひとつの結論に達して研究を終えます。 
 
 比比奈(ひいな)の作品にある「できやよい」や「草間彌生」といった《ヤヨイ系》の感覚は、この《障害者》の美術に芸術の根拠を見る試みをくぐっているところにあると言えるかもしれませんが、作品の方向は《ヤヨイ系》とは反対の《理性》に芸術の根拠を見いだして行く運動に反転するのです。


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草間弥生の芸術分析
《第6次元 自然領域》のデザイン的エンターテイメント
《原芸術》《芸術》《反芸術》は無い。
《非芸術》《無芸術》と《世間体のアート》が有る。


 ですから比比奈(ひいな)の点描を執拗に打つ事で成立する絵画は、「草間彌生」的というよりは新印象派のジョルジュ・スーラや、スーラの影響ではなく独自に点描画法に達した岡鹿之助の系譜と言うべきものです。

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ジョルジュ・スーラグランド・ジャット島の日曜日の午後1884年 – 1886年
《第6次元 自然領域》のデザイン的エンターテイメント
《原芸術》《芸術》《反芸術》は無い。
《無芸術》《非芸術》《世間体アート》が有る。


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岡鹿之助『遊蝶花』(1951)
《第1次元 社会的理性領域》の《真性の芸術》
《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》《非芸術》《世間体のアート》のすべてが有る。


 栃原比比奈の点描絵画には、自らの比比奈(ひいな)という名の起源である「比比奈遊び」という男雛と女雛をくっつける遊びが持つ性的な連想が顔を覗かせるのですが、同時に非在感や非実体性を持っていて、現代的な理性脳が持つニヒリズムの空無の感覚があります。

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栃原比比奈 「ヘソの絵画」 キャンバスに油彩 2001年 1620×1350㎜
《第41次元》〜《超次元》の《真性の芸術》
《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》《非芸術》《世間体のアート》の
すべてがある。

 一方、比比奈(ひいな)は、大学卒業後に文房具などステイショナリーグッズの会社であるSan-X/サンエックス(株)にキャラクターデザイナーとして入社するのですが、今回出品する「COCKY(コッキー)シリーズ」は、入社試験のための作品として生み出されたキャラクターでありました。

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栃原比比奈 「コッキーの窓」 紙にアクリル 全21枚 2000年 180×195㎜

《第41次元》〜《超次元》の《真性の芸術》
《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》《非芸術》《世間体のアート》の
すべてがある。 




 COCKYは、臼井儀人の『クレヨンしんちゃん』や、駅型ショッピングセンターの株式会社ルミネのキャラクターである「ルミ姉」を連想させるネガティブ・キャラです。

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臼井儀人の『クレヨンしんちゃん』

《第41次元 戦争領域》のデザイン的エンターテイメント
《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》は無い。
《非芸術》《世間体のアート》が有る。


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『ルミ姉』

《第41次元 戦争領域》のデザイン的エンターテイメント
《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》は無い。
《非芸術》《世間体のアート》が有る。



 「COCKY(コッキー)シリーズ」は入社した当時のSan-Xの専務取締役であった片桐 勇氏に評価されて、栃原はSan-Xに入社することになるのですが、「COCKY(コッキー)シリーズ」は、そのあまりのネガティブ・キャラのために、商品としては実現されずにお蔵入りになりました。それもあって2年10ヶ月でSan-Xを退社して、油彩画家としてのデビューを目指す事になります。

 比比奈(ひいな)が《世間体のアート》に接しているのは、このSan-X/サンエックス(株)にキャラクターデザイナーであったことによって培われているのです。しかしそれは《世間体のアート》といっても、「COCKY(コッキー)シリーズ」がネガティブであったが故に、正確には《反芸術》という意味での《反-世間体のアート》であったのです。
 しかし《反芸術》と《芸術》が同じ銅貨の裏表であるように、《世間体のアート》と《反-世間体のアート》は銅貨の裏表であって、同位なのです。
 《反-世間体のアート》性をもっとも示していたのは会田誠とか、村上隆だったのですが、この
《反-世間体のアート》というのは、実は逆立した《世間体のアート》に過ぎなかったのです。

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ヌード写真と《近代》/小橋めぐみとマリリン・モンロー(改題) [アート論]

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コメント 3

白蓮

実は小橋めぐみが脱いだのは結構ショックでした。
想像界の眼で見て清純派だったからです。
芸能界で生きてゆく為、止む無く脱いだという印象がありました。
彼女の裸にエロスは感じられません。
技術的に脱いだだけだからなのでしょうか?
ほかにもこの人、何故脱いだのか分らないといった印象を与える女優が何人かいます。
黒谷友香
http://farm4.static.flickr.com/3289/2709030419_67b9772b35.jpg
裸にはなっていますが全く色気がありません。
伊藤歩
http://www.h-omoide.com/pukiwiki/?plugin=attach&refer=%E4%BC%8A%E8%97%A4%E6%AD%A9&openfile=itoayumi03b.jpg
単なる裸体であって色気はないです。

by 白蓮 (2009-12-28 11:37)  


 



白蓮様

コメントありがとうございます。
結果論なので、言っても仕方がありませんが、黒谷にしても、伊藤にしても《象徴界》に《第21次元 愛欲領域》しかないのですね。

 しかし私の知人でも《象徴界》が《第21次元》しかない人がいますが、しかしヌードになっているわけではありません。

 そういう《第21次元》の人は目先の直接性が強いのです。自己満足をストレートに追いかけていて、射程が短いのです。

 ですので、女優という職業と競争の中で、安易なところに流れると言う程度でヌードになっているのかもしれません。
 
by ヒコ (2009-12-29 10:28)  

 

今回の美人の格付けは非常に興味深いですね。
裸婦画がそうであるように小橋めぐみの裸には確かにエロスが感じられません。
彼女に限らずヌードや性的魅力を売りにしているモノが逆にエロスが皆無というような事が多い様に思います。
フェティシズム的な要素が無いからなのでしょうか? 
by ぽん (2009-12-29 03:17)  

 


ぼん様

たいへんに、興味深いご指摘、ありがとうございます。
小橋めぐみの裸に、エロスが感じられないというのは、
いろいろな理由があるにしても、
彦坂尚嘉的な視点から言うと、それは《想像界》のヌードではなくて、
《現実界》のヌード写真だからです。

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小橋めぐみのヌード写真

《想像界》の眼で《第6次元 自然領域》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第6次元 自然領域》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第6次元 自然領域》のデザイン的エンターテイメント

《現実界》のヌード写真
液体(=近代)写真

《気晴らしアート》《ローアート》

シニフィエ(記号内容)のヌード
《原始平面》 『ペンキ写真』

【B級ヌード写真】

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》は無い。
《非芸術》《世間体のアート》は有る。

ヌード写真が、《現実界》のヌード写真になっているのです。
しかも《原始平面》です。
ですから、小橋めぐみのヌードは、トータリティはなくて、
肩から臀部にかけての楕円形のフォルムが画面から飛び出していて、
うつむいた顔とは、無関係になっています。

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そしてこの肩からのフォルムが画面から飛び出るように作られている
のです。それはルシアン・フロイドのヌードにも見られる『ペンキ絵』の
特徴です。
写真でも、この『ペンキ絵』の構造が出現しているのは面白い事です。

白く飛んでしまっている向こう側の足も、
別の存在になっていて、小橋めぐみのトータルな肉体性は、
バラバラに無関係に解体され並列化されているのです。

下の画像は、コントラストを41上げたものです。


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せっかく《現実界》のヌードを撮ったのですから、
情報化社会の表現として、気体(=情報化社会)写真で
あって欲しかったのですが、古い《近代》の液体写真というのは、
いただけません。
全体に【B級ヌード写真】であって、ヌード写真として落ちるのです。

そこで彦坂尚嘉が、写真を改竄して、
情報化社会の《サントーム》のヌード写真を作ってみました。
改竄が良い事でないのは知っていますが、
今日のデジタル時代の表現の可能性の幅を知っていただくと言う、
公共の利益を目指す行為ですので、お許しください。
情報化社会の批評の新領域の提示なのです。


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彦坂尚嘉の改竄写真の芸術分析

《想像界》の眼で《超次元から第41次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元から第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《超次元から第41次元》の《真性の芸術》

《想像界》《象徴界》《現実界》《サントーム》の4界をもつ
重層的なヌード写真

気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的なヌード写真

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィエとシニフィアンの同時表示ヌード
《透視画面》、オプティカル・イリュージョン

【A級ヌード写真】

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

《原芸術》《芸術》《反芸術》
《無芸術》《非芸術》《世間体のアート》のすべてが有る。



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小橋めぐみのヌード写真                 彦坂尚嘉の改竄写真の芸術分析

《第6次元 自然領域》のデザイン的エンターテイメント  《超次元から第41次元》の《真性の芸術》

《現実界》のヌード写真                《想像界》《象徴界》《現実界》《サントーム》の
                            4界をもつ重層的なヌード写真

液体(=近代)写真                   気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ
                            多層的なヌード写真

《気晴らしアート》《ローアート》           《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィエ(記号内容)のヌード            シニフィエとシニフィアンの同時表示ヌード

《原始平面》 『ペンキ写真』              《透視画面》、オプティカル・イリュージョン

【B級ヌード写真】                  【A級ヌード写真】

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》は無い。    《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》

《非芸術》《世間体のアート》は有る。         《非芸術》《世間体のアート》のすべてが有る。


彦坂尚嘉が自分で改竄して、自分で芸術分析をしているのですから
典型的な我田引水に見えます。
しかし彦坂尚嘉は美術家であり、制作者なので、
制作の質のコントロールとして《言語判定法》を開発しているので、
実際の作業に結びつく技術が、《言語判定法》であり、
芸術分析なのです。

さて、私が改竄に使ったのはPhotospe CS2 ですが、
その威力はすごくて、すでに有る写真での、このように、
変更ができるのです。

特に驚くのは、《気晴らしアート》が《シリアス・アート》にと
変わる事です。

写真に限らず、表現の質を決定している項目は、非常に多いのですが、
改竄という限られた条件でも、かなりの事ができる時代に
なったのです。

しかしPhotospe CS2 は、ある意味で、何でもできるので、
何をしたら良いのか、そしてどこで止めて決定したら良いのか、
そのコントロール技術が難しいのです。

そこで《言語判定法》は、非常に有効な技術として機能します。

Photospe CS2 の使い方を教えるだけで、
写真家のクオリティは変化するのです。
教育は重要なのです。

来年度の立教大学では、静止画の講義もやるように大学から
言われていますので、
Photospe CS2の使い方も教えようと思います。
興味のある方は、来て下さい。
大学には、科目等履修生の制度があって、正式に聴講できます。
正式な学歴としても機能しますので、
興味のある方はご検討ください。

本年度も、田嶋奈保子さんと、山口敏郎さんが、
正式に履修して下さいました。



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《第30次元》 の女/小橋めぐみ [美人論]

電車の車内広告で、天成園という和風旅館の広告で、
《第30次元》の美人を見つけた。

『第30流美人』というものが存在する事を証明できたという、
大発見なのです!

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彦坂尚嘉の『アートの格付け』というのは、
《超次元》から《第41次元》という42段階があるのですが、
しかし、すべてが見つかっているわけでな無いのです。

《第31次元》というのは、犯罪領域とか、老人とかで、
《第1次元 社会的理性領域》の倒錯領域であって、
これについては、たくさん発見して来ています。

しかし、そのとなりにあるはずの《第30次元》というのは、
まだ見つかっていなかったのです。

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この《第30次元》の美人というのは、
小橋めぐみ(こばし めぐみ)という女優です。

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小橋めぐみの顔

《想像界》の眼で《第30次元》のデザイン的エンターテイメント美人
《象徴界》の眼で《第30次元》のデザイン的エンターテイメント美人
《現実界》の眼で《第30次元》のデザイン的エンターテイメント美人

《想像界》の美人
固体美人(前近代的美人)
《気晴らし美人》《ローアート的美人》

シニフィアン(記号表現)的人間。


1979年生まれですから、現在30歳でしょうか。
NHKの大河ドラマ『徳川慶喜』で皇女和宮を演じた女優です。

その小橋めぐみが、2002年の写真集『孵化 fuka』でセミヌードを披露し、さらに2007年の映画『マリッジリング』ではヌードでの情事のシーンを演じ話題となったというのです。

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なぜヌードになったのか?
理由はいろいろあるとは思いますが、
彦坂尚嘉の視点からは、《第30次元》の美人だからだという解釈に
なります。

《第1次元 社会的理性領域》の倒錯領域は《第31次元》です。

そして《第2次元 技術領域》の倒錯領域が《第21次元 愛欲領域》
です。
この倒錯というのは、フロイト的な意味での多型倒錯なので、
実は《第2次元》の倒錯というのは、《第21次元》から、
《第30次元》と、幅が広いのです。

ですから、《第30次元》美人と言うのは、
《第2次元》美人の倒錯の一種であったのです。

エロ写真が《第21次元 愛欲領域》であると言うこともあって、
小橋めぐみは、ヌードや性的魅力を売り物にする女優へと、
展開するはめになったのだろうと解釈します。

さて、まとめです。
今回の《第30次元》の発見で重要だったのは、2つあります。

一番大きいのは、《第30次元》美人というものが、現実に
存在するという事です。

2番目は、《第30次元》というのは、《第2次元》というものの
倒錯である事を確認できた事です。

そのことがあって、
栃原比比奈さんの風景作品が、
《象徴界》が《第21次元》から《第30次元》ある事が、
確認できました。
これはまた、別に画像を付けてご報告します。





タグ:小橋めぐみ
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天皇陛下に京都にお帰りいただく [状況と歴史]

亀井氏、天皇は江戸城より京都に 昼食会で進言

 亀井静香金融担当相は27日午前のテレビ朝日番組で、24日に皇居で開かれた天皇陛下と閣僚との昼食会の際に「権力の象徴である江戸城(跡地)にお住まいになるのは立場上ふさわしくないのではないか。京都か広島にお住まいになってはどうかと、陛下に一方的に申し上げた」と述べた。

 この後、亀井氏は記者団に「明治期に幕府の権力の象徴の跡に入られたことが、その後の歴史で政治利用みたいな形になってしまった」と指摘。陛下は返答は避けつつ「京都は好きです」と応じたことを明かした。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

皇居美術館空想表2.jpg

 

天皇に京都に帰っていただいて、

明治維新以来の歴史に終止符を打つと言うのが、

皇居美術館空想の基本でしたが、

この夢が、政治日程に入り始めました。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

大変に時間がかかりましたが、

『皇居美術館』という本が、朝日新聞出版から、3月に出版されます。

その出版記念展をやることでも、実は紆余曲折があったのですが、

ギャラリー山口で開催する事が、正式に決まりました。

画廊と会期

2010年3月15日(月)〜3月27日(土)

ギャラリー山口

104-0031 東京都中央区京橋3-5-3京栄ビル1F


展覧会名 

 

彦坂尚嘉・五十嵐太郎・新堀学編著

『空想 皇居美術館』(朝日新聞社出版刊) 出版記念展 

 

作家名 

主催:朝日新聞出版

作家:彦坂尚嘉・五十嵐太郎・新堀学,松田達


展覧会を説明する文章

 

 朝日新聞社出から『空想 皇居美術館』という本が、彦坂尚嘉・五十嵐太郎・新堀学の共編著で出る事になりました。

 

 2001年に彦坂尚嘉がawという美術館の学芸員の多いメーリングリストで、この皇居美術館という構想を発表してから、10年の年月をかけてまとまった本です。 

 

 この間、リスボン建築トリエンナーレに出品され、さらにその帰国展で、政治評論家の御厨貴、歴史学者の原武史、新右翼団体「一水会」の最高顧問の鈴木邦男諸氏を迎えてのシンポジウムを経る事で、皇居美術館という空想は、大きく成長を遂げて来ています。

 

 皇居美術館といプロジェクトは、芸術憲法の制定と言う主張を併せ持っている作品です。しかしこれは政治運動ではなくて、あくまでもコンセプチュアルな美術作品であり、建築作品なのです。アートであり、アートでしかないから、ここまで言える、ここまで構想を作れるという、空想の自由を追求した作品なのです。

 

 閉塞し、失速し、崩壊して行く日本近代社会に対して、アートと建築からの提言であります。


 この『皇居美術館』の出版を記念して、関連する美術作品、建築作品・プロジェクト等々を展示する展覧会であります。


 出品作品としては、彦坂尚嘉の皇居美術館建築模型彫刻、絵画/《超1流》の日本美術、新堀学の皇居美術館構想、松田逹・彦坂尚嘉・菊田龍鵬の皇居美術館建築構想と模型などです。


 同時にシンポジウムと、関連のギャラリートークを、展開いたします。ふるってご参加ご高覧をお願いする次第です。


 

 

      

 

作家略歴

彦坂尚嘉;1946年生まれ、美術家、日本建築学会会員、

     立教大学大学院特任教授


五十嵐太郎;1967年生まれ、建築評論家、建築史家、東北大学教授


新堀 学:1964年生まれ、建築家・新堀アトリエ主宰、

     NPO地域再創生プログラム副理事長


松田達:1975年生まれ、建築家。松田達建築設計事務所主宰。

     建築系ラジオのコアメンバー。 

 

 

皇居美術館の活動歴

 

2001年7月から、美術館学芸員の多い美術系メーリングリスト

        『aw-ml』で、彦坂が皇居美術館の構想を問題提起し

         議論となる。

2003年 タマダプロジェクトで開催された大きなNPOをつくる会議で、

     彦坂が、皇居美術館と芸術憲法制定の提案をする。

2005年 五十嵐太郎主催のリノベーション・スタディーズで

    『皇居美術館空想』がパワーポイント作品として発表される。

2005年6月 『メディアと精神科医』(批評社)に「【メディアと

       アートと天皇制」という座談会が彦坂尚嘉・宮台真司、

       高岡健で行われ収録される。

2005年12月 彰国社社より五十嵐太郎編著『リノベーションの現場』

       が刊行され、その中に、皇居美術館空想が収録される。

      、 

2007年5月〜 第1回リスボン建築トリエンナーレ(ポルトガル)に

        五十嵐太郎のコミッショナーで皇居美術館空想が、

        新堀学との共同作品として出品される。

2007年11月 第1回リスボン建築トリエンナーレ帰国展

       (リビングデザインセンターOZONE、東京新宿)で、

        政治評論家の御厨貴、歴史学者の原武史、

        新右翼団体「一水会」の最高顧問の鈴木邦男諸氏を

        迎えてのシンポジウムが開催される。

          

 

2006年 東北大学五十嵐太郎ゼミで、皇居美術館が学生によって
     課題制作される。
2008年 カルチュラルタイフーン仙台で、皇居美術館空想が発表
     展示される。
2008年 彦坂尚嘉・南泰裕2人展『建築と美術の間2』
    (マキイマサルファインアーツ)
2008年 日本建築学会広島大会で、皇居美術館構想を、彦坂尚嘉と、
     新堀学が、別々に発表する。  
2008年 『琴平プロジェクトこんぴらアート2008・虎丸社中』(琴平琴平公会堂)
2010年 朝日新聞出版から
     彦坂尚嘉・五十嵐太郎・新堀学編著『空想 皇居美術館』
     が3月に出版予定。

 




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『』皇居美術館 [告知]

ギャラリー山口様

 

On 2009/12/11, at 13:46, ギャラリー 山口 wrote:

メールをありがとうございました。

28日にお邪魔させていただきます。

 

お待ちしています。

 

3月の皇居美術館展のプレスリリースを出す時期が近づきました。

取り急ぎ、展覧会名とメンバーのお名前(彦坂尚嘉、五十嵐太郎、新堀学?)お知らせ

いただけましたら助かります。お忙しいところ恐れ入りますが20日頃までにお願いで

きますか?よろしくお願いいたします。

 

 

<必要なもの>

展覧会名 

 

     彦坂尚嘉・五十嵐太郎・新堀学編著『空想 皇居美術館』(朝日新聞社出版刊) 出版記念展 

 

作家名 

      主催:朝日新聞出版

      作家:彦坂尚嘉・五十嵐太郎・新堀学,松田達

 

 

作家略歴: 彦坂尚嘉;1946年生まれ、美術家、日本建築学会会員、立教大学大学院特任教授

      五十嵐太郎;1967年生まれ、建築評論家、建築史家、東北大学教授

      新堀 学:1964年生まれ、建築家・新堀アトリエ主宰、NPO地域再創生プログラム副理事長

      松田達:1975年生まれ、建築家。松田達建築設計事務所主宰。建築系ラジオのコアメンバー。 

 

皇居美術館の活動歴

 

      2001年7月から、美術館学芸員の多い美術系メーリングリスト『aw-ml』で、彦坂が皇居美術館の構想を問題提起し議論となる。

      2003年 タマダプロジェクトで開催された大きなNPOをつくる会議で、彦坂が、皇居美術館と芸術憲法制定の提案をする。

      2005年 五十嵐太郎主催のリノベーション・スタディーズで『皇居美術館空想』がパワーポイント作品として発表される。

      2005年6月 『メディアと精神科医』(批評社)に「【メディアとアートと天皇制」という座談会が彦坂尚嘉・宮台真司、高岡健で行われ収録され             る。

      2005年12月 彰国社社より五十嵐太郎編著『リノベーションの現場』が刊行され、その中に、皇居美術館空想が収録される。

      、 

      2007年5月〜 第1回リスボン建築トリエンナーレ(ポルトガル)に五十嵐太郎のコミッショナーで皇居美術館空想が、

             新堀学との共同作品として出品される。

      2007年11月 第1回リスボン建築トリエンナーレ帰国展(リビングデザインセンターOZONE、東京新宿)で、政治評論家の御厨貴、歴史学者の原             武史、新右翼団体「一水会」の最高顧問の鈴木邦男諸氏を迎えてのシンポジウムが開催される。

 

      2006年 東北大学五十嵐太郎ゼミで、皇居美術館が学生によって課題制作される。

      2008年 カルチュラルタイフーン仙台で、皇居美術館空想が発表展示される。

      2008年 彦坂尚嘉・南泰裕2人展『建築と美術の間2』(マキイマサルファインアーツ)

      2008年 日本建築学会広島大会で、皇居美術館構想を、彦坂尚嘉と、新堀学が、別々に発表する。  

      2008年 『琴平プロジェクトこんぴらアート2008・虎丸社中』(琴平琴平公会堂)

      2010年 朝日新聞出版から彦坂尚嘉・五十嵐太郎・新堀学編著『空想 皇居美術館』が3月に出版予定。

 

展覧会を説明する文章(短くまとめたもの)

 

 朝日新聞社出から『空想 皇居美術館』という本が、彦坂尚嘉・五十嵐太郎・新堀学の共編著で出る事になりました。

 2001年に彦坂尚嘉がawという美術館の学芸員の多いメーリングリストで、この皇居美術館という構想を発表してから、10年の年月をかけてまとまった本です。 

 この間、リスボン建築トリエンナーレに出品され、さらにその帰国展で、政治評論家の御厨貴、歴史学者の原武史、新右翼団体「一水会」の最高顧問の鈴木邦男諸氏を迎えてのシンポジウムを経る事で、皇居美術館という空想は、大きく成長を遂げて来ています。

 皇居美術館といプロジェクトは、芸術憲法の制定と言う主張を併せ持っている作品です。しかしこれは政治運動ではなくて、あくまでもコンセプチュアルな美術作品であり、建築作品なのです。アートであり、アートでしかないから、ここまで言える、ここまで構想を作れるという、空想の自由を追求した作品なのです。

 閉塞し、失速し、崩壊して行く日本近代社会に対して、アートと建築からの提言であります。

 

この『皇居美術館』の出版を記念して、関連する美術作品、建築作品・プロジェクト等々を展示する展覧会であります。

出品作品としては、彦坂尚嘉の皇居美術館建築模型彫刻、絵画/《超1流》の日本美術、新堀学の皇居美術館構想、松田逹・彦坂尚嘉・菊田龍鵬の皇居美術館建築構想と模型などです。

 同時にシンポジウムと、関連のギャラリートークを、展開いたします。ふるってご参加ご高覧をお願いする次第です。

 

 

 

画像1点(画像を説明するデータモ合わせてお知らせ下さい)

 

画像作品『皇居美術館空想』

 

 

皇居美術館空想表2.psd

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<締め切り>

2009年12月末日

 

 

ギャラリー山口 白川真由美

 

 

 

 

 

On 09.12.10 9:24 PM, "彦坂 尚嘉" <hiko@ja2.so-net.ne.jp> wrote:

 

ギャラリー山口様

 

On 2009/12/10, at 18:11, ギャラリー 山口 wrote:

押し詰まって申し訳ありませんが、12月28日(月)に山

口と白川二人で

栃原さんの作品を観にアトリエに伺ってもよろしいでしょうか。

 

それは、ありがとうございます。

 

ご予定をお聞かせ下さい。

よろしくお願いいたします。

 

お待ちしています。

新しい2010年代に向けて、軽い忘年会をやりましょう。

経費節約で、一人1000円の会費で、

アトリエで、少しだけ飲みましょう。

粗食を用意します。

 

 

彦坂尚嘉

〒252-0813藤沢市亀井野3−23−11

電話:0466-21-8898

携帯090-1040-1445

http://blog.so-net.ne.jp/hikosaka/

 

 

 

 

彦坂尚嘉

〒252-0813藤沢市亀井野3−23−11

電話:0466-21-8898

携帯090-1040-1445

http://blog.so-net.ne.jp/hikosaka/

 



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オープンデスク募集のお知らせ [告知]

■オープンデスク募集のお知らせ

気体分子ギャラリーと気体分子アトリエでは、常時オープンデスクの募集を行っております。

これからのアーティストには、総合的な力が必要です。スキルに自信のある方、これから積極的に美術を学ぼうとしている方からの、意欲ある応募をお待ちしています。

作業内容:下塗り作業、トレース作業、マスキング作業補助、スキャニング作業。その他ペインティングに関わる構造、構図、色彩等々や、プロジェクトに関わる一連の作業全体。何ができるか心配だとよく最初に相談を受けますが、順番にできることから少しずつスキルアップしてもらうように、作業内容を考えます。

期間:1週間から2週間のまとまった期間、もしくは週2、3回を目安に一ヶ月程度くらいが目安ですが、学校の忙しい方は、来れる範囲で、学校帰りなどでも問題ありません。これまで来てもらった学生や若いアーティストの例だと、断続的でも、大体2週間を超えたくらいから慣れてきて、多少実務にかかわる作業も経験できるようになってくるようです。

場所:現在、神奈川、東京周辺で募集しています。

応募方法
彦坂尚嘉の住所もしくはメールアドレスに、履歴書(CV)を送ってください。


彦坂尚嘉
〒252-0813藤沢市亀井野3−23−11
電話:0466-21-8898
携帯090-1040-1445

下記情報を含んでください。ポートフォリオがある人は、送ってもらえればなおよしです。なくても、特に問題ありません。返却希望かそうでないかを書いておいてください。
A: 氏名、学校、学年、年齢、連絡先(携帯、E-mail)、希望期間・時間
B: 使用可能ソフト、伸ばしたいスキル、簡単な自己紹介
受け取ってから、3日以内にお返事いたします。

その他:気体分子ギャラリーは小規模ですので、楽しくアットホームにやっています。来てもらう人にはできるだけ何かを学んでいってもらえればと思うので、特別忙しくならない限り、教えられることはできるだけ教えたいと思います。何も分からないけどやってみたい、あるいはかなり自信はあるので力試ししてみたいなど、様々な学生が来ています。文字通り、現在多少机が空いていますので、応募をお待ちしています。

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ウィキペディア 彦坂尚嘉 [告知]

ピクチャ 1.jpg
wikipedia 彦坂尚嘉

坂上しのぶさんというキュレターがいます。
坂上さんは現在、名古屋にあるヤマザキマザック株式会社という
工作機械のメーカーがつくる美術館の、準備室で、
美術館立ち上げの仕事をなさっています。

私との関係で言うと、
『現代美術のノワール ~ 彦坂尚嘉三つのイベント』という冊子を
出して下さっています。

彦坂尚嘉の研究者としては、
富井玲子さんと坂上しのぶさんが、代表者なのです。

『彦坂尚嘉のエクリチュール』という拙著の略歴は、
詳細を究めるものですが、これも坂上しのぶさんの労作です。


その坂上しのぶさんが、
ウィキペディアに、彦坂尚嘉を書いて下さいました。


田嶋奈保子さんも、前からウィキペディアに書いてくれると
言っていたのです。
この田嶋奈保子さんが校正と少しの加筆して下さいました。

下記サイトです。
見ていただければと思います。

wikipedia 彦坂尚嘉」で、検索をかけてみてください。
出てくるはずです。


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ミケランジェロと《社会芸術》(1)(校正1) [アート論]

ミケランジェロは、高校時代の友人であった画家の遠藤原三(光風会評
議員)が好きで、
かれが大著の画集を買っていて、高校の時から見ていました。
私はイタリアには3回行っていて、
代表作の実物のほとんどを見て来ています。

572px-Michelangelo's_Pieta_5450_cropncleaned.jpg
ミケランジェロ「サン・ピエトロのピエタ
《想像界》の眼で《第6次元 自然領域》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第6次元 自然領域》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第6次元 自然領域》のデザイン的エンターテイメント

《想像界》の美術。
固体美術。

《気晴らしアート》《ローアート》

シニフィエ(記号内容)の美術。

原始立体。お人形。【B級美術】

《原芸術》《芸術》《反芸術》は無い。
《非芸術》《無芸術》《社会芸術》である。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

《原彫刻》《彫刻》《反彫刻》は無い。
《非彫刻》《無彫刻》《社会彫刻》である。

このバチカンにあるピエタは、
《6流》のお人形にすぎなくて、彫刻になっていないのです。

若きマリアの身体にしても、布のシワは良く彫れていますが、
しかし布のシワの向こう側にあるはずのマリアの肉体は、
まったく彫れていないのです。

キリストの腰骨の構造が彫れていなくて、
下肢の付き方も不自然です。

マリアの骨盤も彫れていなくて、
トータルに見ても、マリアの腰はうまくいっていません。
人体彫刻として、基本を欠いています。

それは実物を見て、まず、感動しないという直接性で来ます。
ミケランジェロの彫刻は、ただの通俗のお人形なのです。

同様のことは、高村光太郎の彫刻にも言えて、
これも《6流》の人形に過ぎないのです。

cont_494_1.jpg

高村光太郎「手
《想像界》の眼で《第6次元 自然領域》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第6次元 自然領域》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第6次元 自然領域》のデザイン的エンターテイメント

《想像界》の美術。
固体美術。

《気晴らしアート》《ローアート》

シニフィエ(記号内容)の美術。

原始立体。お人形。【B級美術】

《原芸術》《芸術》《反芸術》《無芸術》は無い。
《非芸術》《社会芸術》である。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

《原彫刻》《彫刻》《反彫刻》《無彫刻》は無い。
《非彫刻》《社会彫刻》である。


高村光太郎のこの有名な手で、一番ひどいのは、手首です。
手首が、この彫刻では作られていない腕の部分への延長性が、
まるで作られていない。

指の肉の中にあるはずの骨の骨格関係も、まるで構造化されていなくて、
親指と、人差し指の関係もできていない。
彫刻としては、《透視立体》性を欠いていて、
《原始立体》に過ぎないのです。

ミケランジェロには《無芸術》《非芸術》《社会芸術》の
3つの芸術性がありましたが、
高村光太郎には、《無芸術》性が無くて、
《非芸術》と《社会芸術》性だけです。
つまり高村光太郎は、ミケランジェロよりも落ちるのです。

これらとの違いを明らかにするために、ドナテッロを見ておきましょう。
イタリアに旅行して感動するのは、
ドナテッロの彫刻の美しさと圧倒性です。

Donatello-stgeorge.jpg

ドナテッロ「St. George

《想像界》の眼で《超次元〜第6次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第6次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《超次元〜第6次元》の《真性の芸術》

想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現。
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現。

《シリアス・アート》《ハイアート》

シンーニュの美術。

《透視立体》。彫刻。【A級美術】

《原芸術》《芸術》《反芸術》
《無芸術》《非芸術》《社会芸術》
のすべてがある。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

《原彫刻》《彫刻》《反彫刻》
《無彫刻》《非彫刻》《社会彫刻》
のすべてがある。

St_George_Donatello_Orsanmichele_n1.jpg

Donatello_St_George_1416_marble.jpg

この像の足下のレリーフです。

Donatello_George_relief.jpg

St_George_and_the_Dragon_Donatello.jpg


ドナテッロの方が、ミケランジェロよりも前のひとです。
ドナテッロは、1386年 - 1466年
ミケランジェロが、 1475年 - 1564年。
誕生年での差は89年あります。

つまりミケランジェロは、ドナテッロの影響を受けていたのです。

ドナテッロの方は、典型的な《超1流》の彫刻家で、
ミケランジェロは、典型的な《第6次元》《6流》の彫刻家です。

この差があるからこそ、ミケランジェロの方が圧倒的に有名で、
後世のさまざまな人々に大きな影響も与えているのです。

ここに芸術の秘密があります。

つまり、《社会芸術》の方が、社会的には大きな力を持っているのです。

《原芸術》
《芸術》《反芸術》
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《無芸術》《非芸術》
《社会芸術》

こういう芸術の上部構造と、下部構造があって、
社会的には、下部構造だけを満たす《第6次元》の
ミケランジェロが、社会的な勝利を納めると言う結果に
なるのです。

だから、「下部構造だけで良いのだ」と考える人は
多くいます。

私が座談会を美術手帖でやった会田誠さんもそういう
下部構造アーティストですが、
彼も社会的に勝利を収めた割には、不安があって、
芸術が分からないという不安があるのです。

芸術の秘密は、下部構造の勝利者には、理解ができないもの
なのではないでしょうか。


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ミケランジェロと《社会芸術》2

これらとの違いを明らかにするために、ドナテッロを見ておきましょう。
イタリアに旅行して感動するのは、
ドナテッロの彫刻の美しさと圧倒性です。




Donatello-stgeorge.jpg
しかしこういう批評性は、彫刻を芸術としての上部構造から
批判的に見ているのです。

反対の《社会芸術》《社会彫刻》から見れば、
実は高い評価があるのです。





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David_von_Michelangelo.jpg

ME0000073246_3.JPG.jpeg

450px-Michelangelo_pietà_rondanini.jpg


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