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小嶋一浩の建築 [建築]

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小嶋一浩氏の建築への、彦坂尚嘉的な簡単なメモです。

《想像界》の眼で《第6次元 自然領域》、《象徴界》の眼でも《第6次元 》
いかし《現実界》の眼で、《超次元》から《第41次元》まであります。

つまり《現実界》だけの建築なのです。

しかし《原建築》《建築》《反建築》はありません。
《非建築》《無建築》《世間体の建築》があります。
今日的ではありますが、建造物に過ぎないと、私には見えます。
すぐれた建築芸術とは思いません。

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高橋堅の建築/弦巻の住宅(写真追加4加筆1校正1) [建築]

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建築家の高橋堅氏の建築を、
東京世田谷区の弦巻まで見に行って来ました。

日本建築学会が発行している『建築雑誌 増刊 作品選集2010』の
写真では見ていました。

その時に、引きつけられたのは、不定形と言うか、
多角形の床の面白さでした。

それは単に”面白建築”というものではなくて、
知的な自由さがあって、
引きつけられたのでした。

高橋堅2.jpg
住宅専用建築
敷地面積:188.98㎡(57坪)
建築面積:89.61㎡(27.15坪)
延床面積;138.74㎡(42坪)

高橋堅1.jpg
私がアーティストとして追求して来たフォルムや構造と共鳴するものが
あって、引きつけられると同時に、
どのように作っているかと言う、
そういう方法への興味あって、高橋堅さんにお願いして、
高橋さんのご親戚の見学会に同行させていただきました。

高橋堅さんのお話を伺うと、
まず、不定形の土地が先にあって、
その土地の形を生かす形で、建築が作られています。

このことは重要で、建築というのは、
具体的な土地の地形や、地霊、周囲の景観の中に基礎づけて建てられる
ものなのです。

このことを絵画に当てはめて考えると、
絵画が矩形ではなくて、不定形のシェイブド・キャンバスの場合、
この不定形に合わせて、絵画構造が構想されるという事に対応するのです。

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屋根梁伏図を見ると分かりますが、中央の重なった3枚の大屋根が
あって、脇に3枚は、軒(のき)の屋根です。

この軒(のき)の下が、また部屋になっていて、
外観は軒(のき)の無い様に見えるコンクリート作りのような
フラットな屋根のような家に見えます。

写真高橋2.jpg

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以下、建築家の松田逹さんの批評を引用しながら、途中で書き足す形で、
示したいと思います。
情報出典:artscapeレビュー/松田達

高橋堅《弦巻の住宅》

 

 

 旗竿地の奥の不定形な敷地に、十字を崩したような形態の二層のボリュームと、それを包絡する七角形の屋根。十字のあいだの部分は庇のかかったテラスとなっている。運良く高橋氏とお施主さんに内部を案内して頂く機会があった。以前からぜひ見たいと思っていた住宅であり、大変貴重な機会であった。
 
 角度が直交座標から少しずつずれていることで、内部での経験は何とも簡単に言語化できない複雑なものであった。特に全体が見渡せる二階のLDKと子ども室を含んだ空間では、360度見えているにも関わらずプランの全体像が分からないという不思議な体験をした。


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 非常に複雑な空間で、視線をさえぎる面と、ガラスで受ける面、
さらには外部に抜ける面があって、
室内は複雑で豊かで楽しい視覚空間が広がっています。
 
 このガラスは、非常に意識的に使われています。
 理想的とも言える完成度の高さと合わせて、新鮮な感動を受けました。

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写真高橋1.jpg

写真高橋3.jpg

 基本にあるのはモダニズムの矩形を基盤にしているのですが、
その内側から、生み出されたモダニズムの原則の延長での乗り越えが、
私の志向と重なっていて、なおさら感動したのです。


 こういう例を、私は、例えばポルトガルのアルヴァロ・シザ建築に
見いだします。
 モダニズムを水(H2O)の比喩で言えば 液体の様態であったのです。
たとえば、この比喩で言えばル・コルビュジェの建築は液体建築でありました。

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シザの建築は、モダニズムを、水蒸気という気体の様態に変化させた
建築でありました。

 
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 マルコ・デ・カナヴェーゼスの教会 1989年


ル・コルビュジェとシザの画像を並べてみますが、
微妙な差なので、分からないかもしれませんが、
様態の差があるのです。
ル・コルビュジェが液体建築であって、シザが気体建築なのです。
私の方法はイメージで見る《イメージ判定法》ではなくて、
《言語判定法》ですので、
おのおのに「液体」という言葉、
「気体」という言葉を投げかけてみて下さい。

コルビジェシザ.jpg
液体建築              気体建築


モダニズムを基礎にして、その内側からモダニズムを乗り越えている
という意味では、高橋堅の住宅はシザの気体建築をさらに前に押し進めて、
新しい次元=プラズマ化の次元に引き上げた作品と言えます。

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私自身が、シザや高橋堅の仕事に興味を示す理由は、
私自身が、実はモダニズムの内側からの乗り越えを目指して来たからです。

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ロバートモリス 1963
1968年に
ミニマル・アートの早いアーティストであるロバート・モリスの
影響を受けて、私はミニマリズムの作品を試みています。

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彦坂尚嘉 板壁 1969年



さらに1977年からのウッドペインティングのシリーズの中で、
モダニズムの内側からの越境を試みて来たのです。

それは同時に、絵画の支持体としての建築を制作する事でも
あったのです。
かつては建築の壁面に絵画を描いて来たのに、
絵画は建築から追放されたので、
私は逆に、絵画の支持体としての建築を作り出す必要があったのです。
それが到達したのが、絵画都市というシリーズでした。

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こういう試みは、しかし日本の美術界では孤立し、
その孤立性に私は苦しむようになります。
その隘路を超える道を求めて、
私は建築家との交流に向ったのです。

さてそういうわけで、シザにも興味を持ったし、
そして今回の高橋堅氏の建築にも、
モダニズムの内側からの乗り越え作品として、
深い共感を持ったのです。

高橋堅1.jpg

基本は、3隅にある矩形で、この矩形が重なっている中央部分に不定形
のような空間が生まれています。
この空間は3次元の空間です。
さらにその外部に形成されている軒(のき)の下の空間に包まれて、
4次元目というべきようなような空間が作られています。
さらにその外部の屋外の借景空間があって、その異次元の空間を、
仮に5次元空間とよんでおきます。
3重の空間の重なりの中で、複雑な5次元空間の重なりが生まれ、
その空間を見る空間感覚の新鮮な多様性の享受を生み出しているのです。

高橋堅の建築は、
2重の異質な外部空間を重ね持つことで、
それはリサ・ランドールの主張するような異次元論と
重なるものがあるのです。


リサ・ランドールの5次元の皮膜論というのは、
実は東洋遠近画法の、木枠に絹を張って透視するという画法を
想起させます。
これを現在の絵画の領域に還元して語れば、
5次元というのは
3層に重なったレイヤーで作られて深さの絵画であると言えます。
レイヤーによる多層絵画が新しい時代を指し示しているのです。

松田達氏の文章を続けます。

 高橋はこの住宅に関して「円環するパースペクティブ」という論考を書いている。われわれは空間において焦点を同時に一つの場所にしかあわせることができないのに、その視点や焦点距離を動かし、また被写界深度を変えることで、空間全体を把握しているかのように認識している。それはパースペクティブ(透視図法)という制度に従っているからだという。しかし高橋はそこから「パースペクティブによる空間」に対して疑いをかける。おそらく彼は、パースペクティブという制度に抵抗する空間をつくろうとしているのであろう。弦巻の住宅は、複数のパースペクティブを順に円環させる仕掛けを内包させた住宅であり、彼の論考はそれについて触れたものだと言える。

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ファエロ アテネの学堂

 私は画家なので、西洋遠近画法の成立過程を知っているのです。
それが実はギリシアとアラビアの光学であって、しかも十字軍によって
ヨーロッパに輸入されたのです。
しかも建築空間を描く事で発展したのであって、
実は建築の外部に出て、自由な空間を描く事は、
当初は出来なかった事を知っているのです。

角度や焦点の絶妙なずれが、複数のパースペクティブ間を運動させる原動力となっているようであるが、同時にそれによってつくられる空間体験の効果が、正確なプラン(ここでは平面図に加え、計画を組織する二次元的な図面全般の意味で用いている)を決して想起させないという点についても重要に思われた。プランとは決して現実に見ることのできない視点による図面表記であるのだから、われわれが感じる空間体験を本来プランとして理解することは難しいはずである。同様にプランによって本来的な空間体験を記述しつくり出すことも難しいはずである。平面や断面など二次元的な表現の組み合わせによって到達できないはずの、空間がもつ本来の可能性に彼は挑戦しようとしている。

つまり、もともと建築が、西洋遠近画法のパースペクティブを生みだしたのであり、
だから、パースペクティブの変革というのは、
建築そのものが変化する事が必要であったのです。
高橋堅の建築は、そういう根本的な変革を試みたのです。

彼は(コルビジェの晩年の代表作の)ロンシャン礼拝堂における空間体験が、その後に見た写真イメージによってどんどん他のものに置き換えられていく経験について語っていたことがある。写真イメージは一見三次元的であるが、一つのパースペクティブによって「空間的」に見えるだけのものであり、むしろ二次元の側に近いだろう。だからロンシャンでの豊穣な空間体験をいつの間にか捨象して、二次元的なものに置き換えていったのだ。

写真の画像しか記憶に残らない事は私も気がついていて、
だから私はあまり写真を撮らないのだ。
建築は写真に撮れない原視覚を秘めていて、
それが建築であって、建築は文章でも写真でも記述できないもの
なのです。

彼の考え方を敷衍すれば、本来の空間体験は複数のパースペクティブを移動し、またそこから逃れようとする運動によってはじめて得られるようなものである。そのような本来的な空間体験を目指したのが《弦巻の住宅》であり、「円環するパースペクティブ」という論考は理論的にその考え方を説明しようとしている。いわば弦巻の住宅は、計画化されない空間、もしくは写真に置き換えられない空間と言うこともできるだろう。2009/07/03(金)(松田達)

この住宅はすでに高い評価を受けていて、
社団法人 東京建築士会の平成20年度の住宅建築賞を得ている。
その選評は次のようなものです。

大屋根をなぞる壁と,そうでない壁。さらに複数の角度を採用することで,さまざまな空間の領域が重ねあわされたインテリアをつくりだしている。リヴィングルームを大屋根が規定する大らかな空間として捉えつつ,しかし同時にその中のコーナーをこじんまりしたスペースとしても捉えたりするように,空間の多様な読みを導くような操作が住宅全体を貫いているのだ。空間を実体として作るのではなく現象する空間を追い求めようとするとき,さまざまなディテールは意味を構築するパーツへと変化する。つまりひとつひとつが言語として研ぎ澄まされた精度を必要とするのだが,はたして作者はその洗練を手中のものとしており,全体に緊張感が漂い住宅とは思えない静謐さをもつ空間が実現していた。しかしそうした静謐さは,裏を返せば生活のリアリティから遠のいた「建築的」な実験の結果だとネガティブにも捉えることができる。その弱さが見学会では強調されてしまう結果になったのだが,沢山の生活のものにあふれていたときにこそ,この現象する多様なパースペクティブという考えは生かされるのではないかと思っている。
(乾久美子)

この選評で興味深いのは、『全体に緊張感が漂い住宅とは思えない静謐さをもつ空間が実現していた』という指摘です。
私もそのことは気がついていました。この弦巻の住宅は、鑑賞構造を持った建築であったのですが、その鑑賞構造は《驚愕》と彦坂が名づけた、多くの建築が持つ鑑賞構造ではなかったのです。それは《瞑想》と言うべき鑑賞性を持った建築であったのです。

最後に彦坂尚嘉責任の芸術分析をしておきます。

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彦坂尚嘉責任による芸術分析

 

《想像界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術建築》
《象徴界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術建築》
《現実界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術建築》

 

 

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
                  しかし《サントーム》はない。
プラズマ/気体/液体/固体/絶対零度の5様態をもつ多層的表現

 

 

《シリアス・建築》。しかし《気晴らしアート》の同時表示は無い。
《ハイアート建築》。しかし《ローアート建築》の同時表示は無い。
シニフィアン建築。しかしシニフィエの同時表示は無い。
理性脳による建築。しかし原始脳の同時表示は無い。
《透視建築》『オプティカル・イリュージョン』【A級建築】

《原建築》《建築》《反建築》《非建築》《無建築》はある。
しかし《世間体建築》は無い。

鑑賞構造のある建築。
発見されている鑑賞構造は《驚愕》《対話》《愛玩》《民芸》
《キッチュ》などがありますが、
高橋堅の建築の鑑賞構造は《瞑想》


 


タグ:高橋堅
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コープ・ヒンメルブラウ/COOP HIMMELB(L)AU(画像追加20) [建築]

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昨日、今日までの会期で終わりそうなので、あわてて初台のオペラシティまで行って、
コープ・ヒンメルブラウ展を見て来ました

コープ・ヒンメルブラウ
というのは建築集団で、1968年ウイーンで設立されています。

斬新なデザイン性に感動するのですが、それ以上に、
《原芸術》《芸術》《反芸術》《非芸術》《無芸術》《社会芸術》という、
6段階をすべてクリアーしている事に対しての驚きがあります。

それはコールハースの建築には欠けている事なのです。
コースハースの場合には、《原芸術》がありません。
そのせいか、私はシアトルと、ポルトに実物を見に行って、建築ツアー
して、勉強すると、コールアースの建築は、思ったほどには感動しないという
体験をしているのです。

コープ・ヒンメルブラウそういう意味で、パーフェクトに6つの芸術層をもっている
建築の美しさを、実物で見てみたいと思うのです。


整理すると、芸術は次のような6階層の構造を持っています。

《原芸術》
《芸術》
《反芸術》
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《無芸術》
《非芸術》
《社会芸術》


芸術という言葉を、建築という言葉に置き換えても、
同じ意味として了解して下さい。
つまり建築=芸術なのです。

《原建築》
《建築》
《反建築》
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《無建築》
《非建築》
《社会建築》


例えば、東京オペラシティというのは、
立派な《1流》建築ではありますが、
しかし《無芸術》《非芸術》《社会芸術》の建築下部構造の3層しかありませ。
建築の上部構造を欠いているのです。

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東京オペラシティ

《原芸術》《芸術》《反芸術》は無い。

《無芸術》《非芸術》《社会芸術》がある。



同様の現象は、丹下健三の後半の建築や、
安藤忠雄の最近の建築にも言えます。

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丹下健三の新東京都庁舎

《原芸術》《芸術》《反芸術》は無い。

《無芸術》《非芸術》《社会芸術》がある。

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安藤忠雄の兵庫県立美術館

《原芸術》《芸術》《反芸術》は無い。

《無芸術》《非芸術》《社会芸術》がある。




《社会芸術》や《社会建築》性さえあれば、社会的には成立しますが、
しかし《原芸術》という上部構造を欠いている芸術や建築は、
結局は実用以上に意味は無いのであります。










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建築教育現場/彦坂美術館の模型(3)(加筆1) [建築]


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アートデザイン遺伝子を組み替える」(長谷川裕子)という
歴史的な変換の中で、
建築とは何か?

いや、それ以上に、アーティストは、
いかにして、この「遺伝子組み換え」に対応して、
広い視野をもって、
建築をも包含して、アートとデザインの問題を直視し得るのか?

こういう問題を考えさせられました。


五十嵐太郎さんの東北大学の学生たちが、
課題制作で取り組んでいる「彦坂尚嘉ミュージアム」の構想は、
最終講評会に行って来ました。

たいへんな力作がそろて、感銘を受けました。
敷地の青山を見学し、さらに、わざわざ藤沢の彦坂尚嘉アトリエまで
来る。
途中では、建築家の新堀学さんが中間講評を行うという事まで
あって、学生たちは真摯に問題に取り組んで下さいました。

この週は、山田幸司さんのお通夜への出席、京都への出張
そして仙台の東北大学と走り回って、
還暦を過ぎた彦坂さんとしては、ハード過ぎるスケジュールで、
帰って来てからダウン。

それもあって、
この最終報告会のブログアップが遅れてしまって、
申し訳なく思います。

いただいた資料が多いので、
アップすることの出来る範囲に絞ってご紹介して、
私の体験を整理したいと思います。

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さて、彦坂尚嘉の個人美術館の設計です。

個人美術館を設計していただくと言う体験をさせていただいて、
今までにない体験となりました。

ひとつは、若い人の設計を通して、
自分の作品と活動を改めて対象化する機会を与えられた事です。

ラカン理論の建築

その中で一番衝撃を受けたのは、北本直裕さんの建築です。
ラカンの《想像界》《象徴界》《現実界》《サントーム》の4界をもつ
重層的な建築を構想したのです。

五十嵐太郎さんの講評によると、最終スパーとの追い込みがすごくて、
その頑張りで、すばらしい建築構想になりました。

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私自身は、現実には、作品を《想像界》《象徴界》《現実界》
《サントーム》の4種類に作り分けて来たのではありません。
しかしこうした作り分けが必要なのではないのか?
と、改めて考えさせられました。

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普通の人々欲望を欲望する

私たちの生きている社会の80%は、《想像界》だけの人々で
構成されていると、彦坂尚嘉の《言語判定法》の測定では、
仮説できます。

ですからヒットチャートを走ってく様なメガヒットのポップスは、
ほとんどが《想像界》の音楽です。

しかし《想像界》だけの音楽という判断を
それは同一の音楽という事ではないのです。

例えばマドンナの『エロチカ』以降の音楽は、
《想像界》は《第1次元 社会的理性領域》なのです。
一方、U2の音楽は、《想像界》が《第6次元 自然領域》なの
です。
共通するのは、実は《象徴界》が共に《第6次元》である
という事です。

何故に、《第6次元 自然領域》は、80%の人々の
《象徴界=無》の基盤になり得るのか?

それはもちろん人間もまた自然であり、
その生活は《自然的な態度》でされているからです。
その自然的な態度には、《象徴界=無》という構造があるのです。


《自然的な態度》で生きる事が、人間の基本であり、
その場合、《想像界》の眼だけで、世界を見る事になります。
それは直接性の盲目的な世界です。

こうした直接性の盲目的な世界に生きる人々の欲望を、
アーティスト/あるいは建築家という専門家自身の欲望として、
再度取り込むことが出来るのか?


出来ると言えます。

こうした事は、何を意味しているのでしょうか?

建築家というものが、クライアントと向き合うという宿命の中で、
生きているからです。

施主というのは、建築学/芸術学的には生きていないのです。
つまり素人であり、建築/芸術的には《第6次元 自然領域》の
人々です。

この施主という建築学的には素人の欲望を、
建築家は、自らの欲望として模倣しながら、
かつ、建築学的建築を構想するという、矛盾の引き受けこそが、
建築と言う構造であり、設計と言う技術なのです。

つまり《純粋芸術》という概念こそが、
80パーセントの普通の人々の存在と言う現実を切り捨てる《近代個人
主義》の迷妄であったのです。

現実は単純ではなくて、複雑であり、
情報化社会の芸術は、この80%の人々の直接的な生活世界に
欲望を直視するところに成立するのです。

正確に言えば、この80%の多数者の自然的欲望を取り込みながら、
なおかつ、芸術学的純粋芸術/建築を、
同時成立させると言う技術=アート=建築
として、自らを構想する必要があるのです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

今回の学生たちの構想は、
自分の限界を壊してくれる非常に新鮮な刺激になりました。

私自身は、最初に情報アートという視点で出発するのですが、
それが建築内部のでのフロアーイベントという形で始まる
事もあって、
《建築美術》《流通美術》《情報美術》の重層し、錯綜した
展開をして来ました。

これをいかに回顧し、まとめて行くのか?
極めて至難の業なのですが、
個人美術館の建設と言う構想=空想の中で、
しかも若い学生の頭脳を介する事で、
手がかりをいただけたように思います。

もうひとつは、建築というものを、
設計構想段階から体験させていただいた事です。
以前にも1回、皇居美術館を題材にした五十嵐研の授業で
講評をさせていただいていますが、
その時の戸惑いは大きかったのです。

美術と建築の違いは、講評の場では、ずいぶんと大きくて、
自分の眼の狭さを痛切に感じさせてくれました。
今回はそれが楽になったのです。

その問題の中心にあるのが、実は《非芸術》の問題です。
《非芸術》というのは、デザイン領域です。

デザインというのは、「神が世界をデザインした」という意味の
デザインです。
つまり建築というのは、神のように建築をデザインするという問題が
あって、《非芸術》という芸術についてしっかりと考えていないと
講評も出来ないのです。

さて、パワーポイントの資料をいただいているものを、
まずアップします。
全部アップする時間がないので、
お二人に代表していただきます。

これだけでも、学生たちの思考の一端をお伝えする事は出来ると
思います。


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続いては、チェホンジュンさんのパワーポイントです。

量が多いので、ほんの少し省略しますが、

建築について良く考えていて、評価の高い作品でした。


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さてつづいて、写真を紹介します。
解説を出来ないものが多くて、申し訳ないですが、
学生たちの努力の凄さを見て下さい。

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さて、以下の写真は、別のクラスの作品も合わさっているので、
その作品写真です。

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故・山田幸司氏の遺作 [建築]

41歳で亡くなられた山田幸司さんの遺作は、
段ボールで作った茶室です。
この画像を手に入れたので掲載します。


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この段ボール茶室は、国宝の如庵という茶室の写しです。

 

茶室というと、千利休の草庵茶室を思い浮かべますが、

この如庵は、利休とは一線を画していて、

端正で、「武家の節度」を感じさせるもので、

各地に写しの茶席が残っているそうです。

 

如庵(じょあん)は1618年に、

織田信長の実弟織田有楽斎によっ、京都に建造されました。

 

 

如庵は、現在は移築されて、愛知県犬山市の有楽苑にあるそうです。

 

 

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段ボール茶室国宝如庵写し¥如庵・プレス資料993.pdf.jpg

現在、この段ボール茶室を含めて、
山田幸司遺作展と、遺作集の準備が有志によって進められています。










タグ:山田幸司
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故山田幸司氏の通夜へ [建築]

今日は
これから名古屋へ出発です。
故山田幸司氏の通夜へ出席するためです。

私の確認しているだけでは、
五十嵐太郎氏、新堀学氏、槻橋修氏、南泰裕氏、倉方俊輔氏、遠藤氏。

彦坂の関係者では、田嶋奈保子、中川晋介両氏が、名古屋に向います。

故人の山田幸司氏は、竹をわったような気性で、
ご自分の意見を明快に話、建築への愛の激しい方で、私は大好きでした。
一昨年、浜松の新年の建築ツアーでは、
山田幸司氏の各種学校のリノベーションをした建築を
見に行っています。私の大きなステンドグラスが、同じ浜松の
アクトシティのコンサートホールにあることもあって、
両方を見合うことが出来ました。

山田幸司氏のリノベーション建築は《第1次元 社会的理性領域》の
建築で、特に《現実界》の建築であることもあって、
非常に印象的に果敢に突出していました。
特に屋上の敷地規制をはみ出すように、溢れ出ている姿が、
山田さんらしさを持っていました。

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一方で、茶室について良く勉強をなさっている方で、
私は、何度か茶室についてのお話を聞いています。

41歳で亡くなられたというのは、
あまりに若く、誠に残念です。
謹んでご冥福をお祈りいたします。



タグ:山田幸司
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建築教育現場/彦坂美術館の模型(2) [建築]

新堀学さんが、五十嵐太郎さんの研究室の学生のプラン、

つまり彦坂尚嘉美術館の合評をなさったので、

その記事を転載させていただきます。


転載の許可はいただいています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



五十嵐さん

こんにちは。新堀です。

昨日はいろいろとありがとうございました。


さて、少しメモから各参加者へのコメントを整理しておきます。


■全体に:


□タイトルをつけよう!

・課題の名前を提案タイトルにするのではなく、自分のアイディアに名前を付け

てください。


□自分の名前をきちんと伝える

・プレゼンテーションをする空間と見合う声の出し方があまりできていない。

・「伝える」という意思を表す第一歩なので、大きくはっきりと喋りましょう。

・プレゼンテーション自体の大きさとも関係しますが、半径6m以内の人にすべ

て理解させるためにどうしたら良いか(図版を大きくする、文字も見やすくする、

模型も作りこむ)について考えるとよいと思います。


□関連しそうな(少なくとも近代建築史の)

過去の建築について参照するように。

・観念的な課題+現実的なクライアント要件というものなので、後者はともかく、

前者について勉強したほうがよいと思います。

・「アーキラボ展カタログ」とか、「球と迷宮」(絶版?)とか「未来都市の考

古学展カタログ」とかに目を通してみるとアンビルトの設計の意味、おもしろさ

に触れられるだろうと思います。


■個別に■

□ヒラタさん:

・秩序的空間の中から、IPP(皇居美術館プロジェクト)という異物を引き算さ

せることで、ノイズを発生させるというアイディアはわかりやすいと思うので、

あとはそのノイズ(空間)がどのように面白いのかをぜひ伝えてほしい。

セッションで話したように、でかいサイズの一枚の図版をがんばって仕上げてみ

てはどうでしょうか。(本江先生にA1パースのお話を伺ってみてください。その

時の手法はケント紙+木炭デッサンだったかな?)一度描いてみると、一つ怖い

ものがなくなります。


□サイトウさん:

機能の空間と、象徴の空間が単に隣り合ってしまっているところを、少し整理し

てください。同じレベルなら、「ぶつける/対決させる」か、あるいはそれぞれ

を切り離して別のレベルにするか。



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□チェさん:

ショーウインドウには少なくとも二種類あって、その立面に対して垂直に干渉す

る「額縁タイプ」と進行方向と平行な「壁面タイプ」とがあるのですが、それぞ

れのタイプの使い分けを明確にしましょう。

今はすべて壁面タイプなのでしょうけれど、そうすると壁面の長さで一つのシー

クエンス表現を組み立てるというデザインになります。

なので、話したように展開図を一種巻き物のように構成しておもしろさをデザイ

ンするというのはどうでしょうか。長さとその長さ(映画でいえば尺)の中での

構成ですね。

それが折りたたまれていく、分岐していくとすれば一種のロールプレイングのマ

ップとして平面が作れる。


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□イチノヘさん:

7つのギャラリー+アトリエの盛りだくさんのテーマですが、少ししぼってはど

うでしょう。ギャラリー+アトリエで7つにするとか。正直地下のアトリエまで

手が回らないのではと危惧します。

オープンアトリエとしてアトリエをギャラリー化する試みはいろいろな場所で行

われていることなので。

それから7つの空間それぞれと表現の対応なのですが、表現ジャンルのマッピン

グがなんだか物足りない感があるので、もう少しバランスが良くなるよう、たと

えば越後妻有とか横浜とかのカタログで、ジャンルのバランスをチェックしてみ

てはどうでしょう。



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□ミウラさん:

考えていること、到達地点が明確だった点はよかったです。また敷地の表と裏側

の地域性を引き込むということに対して具体的に考えていた唯一の案でした。

で、二つだけ。

中央の中庭空間の建築性についてのメッセージ(作りこみ)をもっと。

それから敷地の表と裏に対する「顔」のデザインをきちんとする。(これについ

ては、磯崎さんのつくば、水戸がどのようにそれを作っているかあたりを参考に

してみてください。)


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□ミキさん:

アイディアは明快なので、そのスタディを面白くのめりこんでやってみると、ど

こかで一線を越えられると思うのですが。

多数性、解像度の高度化によって、状態が変わる場所、スケールが現れることを

期待しているならば、とにかくそこまで行きましょう。

模型のことについて質問がありましたが、一日にひとつつくってひとつ壊すでも

いいです。今回の課題のためというよりは、自分が模型に何を期待するのか、そ

れをどうコミュニケーションに使うのかということについての経験=道具を手に

入れるというテーマをもうひとつ重ねて作るということで。

後ろの半円がなんとなく古典的で、またその外側の敷地の余白に対しての思考停

止があるようで、その点は気にかかりました。


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□カワサキさん:

斜めの話、パラン+ヴィリリオについては調べておきましょう。参照できそうな

のはリベスキンのユダヤ博物館もありますね。(菅野美術館はいうまでもなく)

で、プライムな構造とサブの構造とを表現的に意識することが、スタディの手が

かりにもなるだろうと思います。


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□キタモトさん:

ラカン的な世界観をどのように空間として表現するか。一種の建築曼陀羅なわけ

ですが、とにかくそこに集中してみてください。

テラーニのダンテウムとか、ルドゥー、ブレーなど参照、勉強しましょう。

タイトルをよろしく。

(今週はラカン読まなくていいです。彦坂さんのブログから想像するものですす

めましょう。笑)


では、がんばってください。


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建築教育現場/個人美術館の模型 [建築]

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五十嵐太郎さんの東北大学の学生たちが、
課題制作で取り組んでいる「彦坂尚嘉美術館」の構想の、
途中経過を、画像で送って来てくれました。

個人美術館というのは、
私の夢としてであれ、あっても良いと他の方は思うでしょうが、
現実には、経営が難しくて、
すでにある個人美術館の苦境を知っていると、
夢でも自分の美術館というのは考えた事がありませんでした。

それだけに、今回の学生たちの構想は、
自分の限界を壊してくれる、
非常に新鮮な刺激になります。

しかも建設の敷地は、青山というのですから、
夢としても理想的です。

何しろ日本や韓国の現代美術館というのは、
駅から遠い僻地にあります。
それに対して欧米の重要な美術館は都市の中心に位置します。
その社会の中での芸術の位置が、美術館の建設の敷地の位置に
反映しているのです。
ですから、青山に彦坂尚嘉の個人美術館を建設するという事は、
まさに、欧米並みの理想の建設なのです。

「求めよ、さらば与えられん」と言いますから、
夢を持てないよりは、
夢を見る力を振り絞る事が重要だと思います。


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* 断面的に斜めの壁により、展示室を構成。

*こうきょびじゅつかこの他、巨大な皇居美術館を帝国美術館(?) が段階的に成長し、

覆い隠していく棟も計画中。

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川崎さんのプラン、大きそうですね。

壁が斜めですから、壁掛けの作品の掛け方を考えなければなりませんね。


作品を壁に付けるように、伝統的に考えて来た私の作品観というのは、

組み替えなければならないのかもしれません。


模型の精度が荒いので、良く分かりませんが、

作品展示を組み込んで、考えて下さるとありがたいです。


つまり伝統的な垂直の壁というのも、

美術館には必要なので、両方を考えて下さい。



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* 地階を「象徴界」、1 階を「想像界」、浮いたヴォリュームの2 階を「想像界」と

捉え、各「界」に合わせた作品を展示。 

*青山のショーウィンドウからヒントを得て、ガラスの壁面を平面的に何層にも重ね、

視覚効果を狙う。

*地階と浮いたヴォリュームが主要な作品展示空間。地階は3層吹き抜けで、

GL から見下ろせるような展示。

 

 

北本さんの《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ

重層的な建築というのは、コンセプトとして新鮮です。

私は、作品を《想像界》《象徴界》《現実界》に分離しては作ってこなくて、

むしろ統合を目指し、多様なものの重層的な表現を追求して来ました。

それが出来るようになると、

逆に、北本さんのプランのように、3界に分離する必要が見えて来ます。

なぜなら、人間は必ずしもラカンの言うようには3界を

合わせ持った人格者というのは、少ないからです。

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界に美術館の階層があれば、

各自、好きな所に行って鑑賞することができます。

そういう意味では、統合されたサントームの階も作って下さると

良いと思います。

つまり4層の美術館です。


 

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* 最厚1mの厚いかべに溝のような開口を開けることより、薄い壁ではできない展示室

内の関係性を生み出す。

*壁は平面的に斜めに構成。

*壁面をしっかり閉じないことで、青山の人々にとっての散歩道になるような空間を

めざす。


青島さんのコンセプトは、今ひとつ私には理解できませんが、

1メートルの厚い壁というものが、どのような空間をつくるのか?

興味深いです。


美術館に限らないですが、情報化社会の建築というのは、

管理社会特有のセキュリティの問題があります。

五十嵐太郎さんが書いている『過防備都市』という問題です。

つまり現実に、セキュリティを放棄できない事情が美術館や

ギャラリーにはあるのです。

越後妻有トリエンナーレの蔡國強のドラゴン美術館のような、

無防備美術館を構想することも可能ではありますが、

そうであるなら、過防備地区と、無防備地区との2重性の

ある建築は、あり得るかもしれません。

金沢21世紀美術館には、こうした2重構造性の萌芽があって、

それが開放感を生んでいましたから、

その更なる展開は、ありえるでしょうね。

それこそ無防備地区は、作品を好きに持って行けるということも

あって良いかもしれません。



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*美術館の一部を爆破することにより、エントランスを生成。爆破が開館の合図。

*いくつものエレベータ内に作品を展示、エレベータに乗り込むと大きな展示空間や

マンションの一室など、様々な空間に移行。

*屋根は曲面ガラスによる大屋根で構成。


三浦さんのプランは、爆破とか、曲面ガラスの大屋根とか、

派手ですね。

エレベーターに作品を展示というのも、面白いアイディアですね。

展示というよりもインスタレーション作品にするのでしょうね。




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*浮島がいくつも浮かんでいる一室の展示空間。

*作品を見渡せるように( ? )、巨大な半円の壁面に平面作品を一同に並べる。


三木さんの、浮き島の様な展示スペースというのも、

私の考えつかない事です。

台座部分が過剰化した美術館建築というのは、あり得るでしょうね。


しかし、同時に、まったく普通のニュートラルな展示スペースも

合わせて持っている事が必要です。


巨大な半円の壁面というのも、

実は伝統的な作品というのは、円形の壁面に対しては制作時に

考えていないので、

旧作を展示する普通のフラットな平面の壁面も、合わせて持っている

そういう2重性が必要です。





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*皇居美術館のヴォリュームを巨大化→反転させ、それ自体を美術館とする、

中央のヴォイドに皇居美術館を抱えるという美術館。

*直方体の外壁は帝国美術館をイメージ。



皇居美術館を中心に据えるというのは、

良いですね。

それは新鮮です。

彦坂尚嘉の皇居美術館は、あくまでも建築模型彫刻ですので、

それが、ある意味での中心と考えて、彦坂尚嘉の作品全体を

とらえるというのは、考えてみる値打ちがあります。


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*みずからの尾を加える「ウロボロス」から着想をえて、分棟配置された展示室を

チューブでつなぎ、来館者を一周させる。

*曲面で掘り込まれた部分は新人アーティストや彦坂さんの制作場所や展示場所。

来館者はそこへは行けない。


来館者はそこに行けないというのは、

透明な壁面で区切った場合には、2重性があって、

行けないと言う面と、解放されて見えると言う面とありますね。

せんだいメディアテイクの透明な壁面の開放性と過剰性は、

新鮮でしたので、そういう構成はあり得るでしょうね。




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*青山のショーウィンドウ性に着目。都市区画の延長として展示室のヴォリュームを

構成。

*24 時間楽しめる美術館。例えば右の画像の展示室では、黄色の線で書かれた部分に

ガラスが入るが、営業後でもガラスの外から

展示が楽しめるウィンドウショッピング的美術鑑賞体験ができる。


チェホンジュンさんのショーウインドウ型の美術館というのは、

新鮮だと思います。24時間見られるというのも、

この現代の不眠都市現状を体現していて面白いと思います。


展示替えは、重要になるので、

その辺を、何か考える必要がありますね。


ガラス面も曲面や波形というのもあり得ますね。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


彦坂尚嘉は11月24日に仙台に行きますが、

その前の17日には、建築家の新堀学さんが、行って下さって、

途中の講評をしてくださいます。

それもあって、先日、新堀さんはわざわざ藤沢まで来て下さって、

私と打ち合わせをして下さいました。


美術館建築というものの伝統性を知らない学生の斬新さを評価する面と

《近代》の集約としての美術館システム学習する問題の

2重せいがあるという、その辺の案配の問題でした。


美術館というのは、単なる展示スペースではなくて、

実は収集と保管を基本に、学術的な研究の場所であったのです。


彦坂的には、パリのピカソ美術館が楽しかったという、

思いがあります。

あれは古いお城のリノベーションでした。

新築美術館が、斬新さと、学問の場としての伝統性とを

合わせ持つものであって欲しいと思います。


採光と、耐光性、空調、収納庫、学芸員室、図書館、

情報検索システム、そして他の美術館やアーティスト、

そして観客、さらには市場とつながった情報有機体として美術館を

構想するアーキテクチャーが必要なのです。

今日の複雑さは、人類史上ないものです。

それを少しでも考えて下さればと思います。



 

 




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新しい美術館 [建築]

さて、五十嵐太郎さんの学生の方々の、今回の課題演習の最初の発表に立ち会いました。11月には、仙台に行って、最終の発表を見る予定になっています。その途中には建築家の新堀学さんが見て講評をする中間提示もあるそうです。

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学生の設計という事で期待しないで見たせいもありますが、まずは、その予想を超えた新しさに驚きました。普通にというか、私の世代が考える美術館というものと、若い学生たちが考えるものは、まったく違っていて、金沢の21世紀美術館が、より開かれたものになっていっているというイメージのものでした。

 



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観客との開かれた接点を多くするために、例えばショーウインドーのような展示で、街を歩いている感覚で、美術館が作られていて、ウインドウ・ショッピングのように観客が作品を見るという調子です。個人美術館でありながら、多様な作品と、皇居美術館や新人アーティストを展示するスペースが連動しているなど、広がりがあります。もっとも五十嵐さんが指摘していましたが、収蔵庫や館長室、学芸員室などの基本的なバックヤードがありませんでした。

 

空間的な変貌でいうと、作品が空中に浮いているとか、壁が曲面で、その曲面に作品をつけるなど、従来の常識としての展示壁面を超えるプランがありました。これも考えていなかっただけに驚きがありました。実はウッドペインティングは、当初から作品の裏に描くか? という課題があったのです。現在の様な情報化社会になると、美術作品を空中に浮かして、両面から見るというか、つまり3ディメンション・ペインティングというのも、リアルにあり得る状態になって来ているのです。

 

五十嵐さんによると、普通の課題制作は、抽象的なもので、今回のように彦坂尚嘉という具体的な作家が施主としているという課題演習は初めてだそうです。しかも敷地は青山で、まあ、あくまでも演習であり空想なのですが、それでも、考えても見なかったそういう想定というのは、極めて刺激的で、自分自身がいかに固定観念の中にいるものかが良く分かります。

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自分の中では、フロアイベントのパーマネント展示のスペースを作りたいと考えるようになりました。パーマネントものは、四国のソフトマシーン美術館の馬小屋に、FRPを使ってひとつ作っています。今回は16畳間くらいで、廊下もあって、畳の部屋。そこにコタツや、家具があるのですが、床面がガラス板で、空中に浮いていて、浮いている下に畳のスペースがあって、ガラスの上に家具が置かれている。家具と畳の間にガラスの床と、その下の空間があるというようなものを考えています。ガラスの床は、壁のへりだけで支えられていて、人が歩くとしなうようなものを考えます。






タグ:五十嵐太郎
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人工芝 [建築]

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家庭用のジョイント式人工芝を10枚買いました。
想像以上に高性能で、ジョイントの簡単さと強さに感心しました。

犬を飼っているのですが、犬の部屋の下に敷いたのです。
コンクリートなので、いろいろなものを使って来たのですが、
うまく行かなかったのが、今回は今の所順調で、
犬も喜んでいます。
犬はラブラドール・レトリーバーイエローです。
年齢は10歳で、高齢化しています。

名前はルーカス

山本陽子さんの犬と同じ名前です。
嫌だなと思ったのですが、気がつくのが遅くて、
後の祭りでした。

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