So-net無料ブログ作成
検索選択
空想皇居美術館 ブログトップ
前の10件 | -

鈴木邦男さんの感想です [空想皇居美術館]

 鈴木邦男さんという一水会という右翼活動家の感想です。


http://kunyon.com/shucho/100607.html

 

 

 


nice!(0) 

19日のシンポジウム [空想皇居美術館]

空想皇居美術館のシンポジウムが開かれます。
ご出席いただける鈴木芳雄さんの有名ブログをペーストします。


雑誌BRUTUS(ブルータス)副編集長、鈴木芳雄のブログ


ピクチャ-5.jpg
予告: シンポジウム「皇居美術館の可能性を考える」
10/06/07 | カテゴリー:レクチャー/講義 | | No コメント
トラックバックURL:http://fukuhen.lammfromm.jp/wp-trackback.php?p=5937
『空想 皇居美術館』(彦坂 尚嘉、五十嵐 太郎、新堀 学/朝日新聞出版刊)の
刊行記念シンポジウム「皇居美術館の可能性を考える」で少し話をさせていただく。
テーマ「皇居美術館の可能性を考える
──アートであり、アートでしかなく、アートでしかなしえない提言をめぐって」
 
‘æ3‰ñu‰‰‰ï_B5_3rd
日 時:2010年6月19日(土)
    19:00~21:00(18:30開場)
入場料:1,000円(当日精算)
予約制:電話または店頭にて受付
    Tel.03-3408-9482
    ※60名様になり次第締切り
電話予約受付:火~土曜 12:00~20:00(祝日除く)
会 場:Bibliothéque(ビブリオテック)
    協 力:朝日新聞出版

「日本にも大英博物館やルーブル美術館のような巨大美術館がほしい!
だったら、いっそ広大な敷地をもつ皇居に作れないか?
展示する美術品は日本中の超一流作品を集めよう!
法隆寺も鎌倉の大仏もみんな持ってきて展示しよう!
こんな奇想天外な「空想」をもとに、美術や建築の専門家、
政治学者から右翼までが集まって、どんな美術館を作るか、
“大真面目に”議論する前代未聞の美術書。」
以上、朝日新聞出版のサイトからの引用。
最後に「美術書」とあるが、それはまあ、どうかはわからないけど、
ユニークな提言書ではあります。
 
100607kokyobook
『空想 皇居美術館』朝日新聞出版刊 定価:2940円(税込)

シンポジウム出演者の略歴朝日新聞出版のサイトより)

倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)1971年生まれ。建築史家。西日本工業大学デザイン学部建築学科准教授。著書に『吉阪隆正とル・コル ビュジエ』(王国社)、『伊東忠太を知っていますか』(共著、王国社)など。
辛酸なめ子(しんさん・なめこ)1974年生まれ。漫画家・コラムニスト。黒田清子(旧名・紀宮清子内親王)のファンで、皇室ウォッチャー でもある。著書に、『Celeb Mania』(ぶんか社)、『皇室へのソボクなギモン』(共著、扶桑社)など多数。
鈴木邦男(すずき・くにお)1943年生まれ。政治活動家、新右翼「一水会」顧問。著書に『鈴木邦男の読書術──言論派「右」翼の原点』(彩流社)、『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)など。
鈴木芳雄(すずき・よしお)1958年生まれ。「ブルータス」編集部エディトリアルコーディネーター。これまで「ブルータス」(マガジンハウス)では、「奈良美智、村上隆は世界言語だ!」、「若冲を見たか?」「国宝って何?」など多くの美術特集を担当。
彦坂尚嘉(ひこさか・なおよし)1946年生まれ。現代美術家・美術史評論家。立教大学大学院文学研究科・比較文明学専攻特任教授。著書に 『彦坂尚嘉のエクリチュール──日本現代美術家の思考』(三和書籍)など。
五十嵐太郎(いがらし・たろう)1967年生まれ。建築史家・建築評論家。東北大学大学院工学研究科・都市・建築学専攻教授。著書に『建築はいかに社会と回路をつなぐのか』(彩流社)、『映画的建築/建築的映画』(春秋社)など。
新堀 学(しんぼり・まなぶ)1964年生まれ。建築家。新堀アトリエ一級建築士事務所主宰、NPO地域再創生プログラム副理事長。作品に 明月院桂橋、小金井の家、金沢の家ほか。共著に『リノベーション・スタディーズ』(INAX出版)、『建築再生の進め方』(市ヶ谷出版)など。
 
 
大変ユニークで大規模な構想、しかもトークのパネラーの方々はそれぞれの
専門ジャンルの第一線で活躍している、しかもかなり個性的な人たち。
僕はどれだけお役に立てるかわからないが、自分の領域でがんばりたい。



nice!(0) 

事実誤認と誤植の訂正/北斎とクールベ [空想皇居美術館]

北斎おしおくりはとうつせんのづ.jpg
葛飾北斎の「おしおくりはとうつうせんのづ」   集英社版『北斎美術館/全5巻』よりのスキャン画像

クールベの波2.jpg
ギュスターヴ・クールベ The Wave

葛飾北斎2ブログ.jpg
葛飾北斎の「おしおくりはとうつうせんのづ」 東京国立博物館のサイトよりのコピー画像

クールベの波5.jpg




『空想 皇居美術館』の美術史の問題で、重大な事実誤認をしていました。ご指摘をいただいたのは橋本麻里さんからです。

 一番大きなミスは、葛飾北斎とクールベの歴史的順番を間違えている事でした。葛飾北斎が、1760年年まれで、1849年に亡くなっていて、クールベは1819年生まれで1877年に亡くなっています。葛飾北斎の作品の正確な制作年は不明ですが、初期作品ですので大雑把に言っても18世紀後半ですから、クールベの生まれる前に作られた西洋版画を見ていることになります。つまりクールベの波ではなくて、別の西洋版画を見て、影響を受けていたのです。

橋本麻里さんのご指摘は、ごもっともなものなのです。

私の誤りを生んだのは、『北斎美術館全5巻』の中にある初期北斎の作品シリーズが、西洋銅画を見て、それを木版画で試みたという記述と、さらにその影響でつくった浪の初期木版画「おしおくりはとうつうせんのづ」が掲載されている記事です。

たぶん、それを非常に雑に私が読んで,クールベの波の複製銅版画が日本に入って来て、それを北斎が見たと、潜入観で早とちりして誤読したのだろうと思います。

これはヨーロッパでのジャポニズムが、彦坂が好きではなくて、基本学習が不十分であったので穴があいていたことが、そもそもの原因です。特に福本和夫氏の研究『福本和夫著作集 第五巻 葛飾北斎論』は傑出したもので、これを読んでいなかったのです。

しかも彦坂はジャポニズムにかぎらず正規の美術史に対してはかなりの無知無能で、多くの穴があります。彦坂は美術家として全人類の美術史を問題にしていて、日本美術だけでなく海外の美術に対しても非常に広範な領域を目配りして、《超1流》の作品を選択しているので、不正確な記述や思い違いや思い込みによる間違いの多いことは、自分自身でも予想していて、その責任をとる覚悟はしておりました。したがって今回のミスは、美術の専門家からみれば「彦坂は信頼のおけない」という証拠となるものでした。本人も日本美術史の個別専門家であるとは自称もしておりませんので、そのご批判は甘受せざるをえません。

 橋本麻里さんはブルータスの美術特集号『国宝』を一人で執筆なさった方です。

 実は橋本麻里さんには、この『空想 皇居美術館』の《超1流》の美術品を、日本美術史の中で論じる座談会の司会をお願いしていたのです。

私の初心としては、橋本麻里様にご参加を頂いて、美術史の専門家からのご批判も交えながらの記事を作りたかったのですが、それができずに出版せざるを得なかったのは、誠に残念でありました。

当初、日本美術史の専門家に入っていただいて鼎談を企画していたのです。

しかし、彦坂尚嘉が現代美術家でありながら、中学生の時から東京国立博物館に通っていて、眼で国宝/重要文化財を眼で暗記することをしていて、刀剣から陶磁器、仏像、建築、書まで広範な領域について《超1流》の美術品を探してく姿勢は狂気に満ちていて、大学時代は奈良、京都に新幹線でたびたび行って古美術を見て歩いていたので、こういう私に日本美術史の専門家の方は引いてしまったのです。

「対談しても話がもうまく噛み合わない、いい議論になりそうにもない」と相手にして下さらなかったのです。たしかに全領域の日本美術を見ていて、しかも欧米美術から現代美術/現代アートまでに目配りしている美術史の専門家は、いないのです。彦坂尚嘉は、美術オタクであって、オタクの狂気とゆがみがあるのです。しかし私自身は、学問を尊敬し、専門家の見解を謙虚に学ぶ態度であって、ゆがみに立て篭る様な姿勢は無いつもりです。

 こうして美術史の専門家の参加が実現できず、編集の高橋伸児さんからは「日程のこともありますから、鼎談は無しにしましょう」というメールが来たのです。それに対して彦坂尚嘉は、「日本美術史の専門家の不参加は残念ですが、ある程度は予想をしていました。”無し”というのは、明らかにマズいので、皇居美術館に収蔵するリストと一緒に、ある程度の文章が必要です。

橋本麻理さんとするということもありますが、橋本麻里さんもかなり引いておられるので、時間が押し詰まっていることもあって、親しくしている坂上しのぶ氏(ヤマザキマザック美術館学芸員)との対談ということでどうでしょうか? 原稿枚数20~30でまとめます」とお願いして、坂上氏の協力を得て『《超1流》の日本美術を集めた皇居美術館』という文章になりました。この文章では、今の所ミスは指摘されていません。

 ミスが出たのは、『皇居美術館所蔵作品 空想画集』の29枚の画像につけた解説文です。

 実はこの画像も当初、本物の日本古美術の写真を使う予定だったのですが、本の定価を下げるために彦坂尚嘉に制作依頼があって、急遽制作したものです。手描きのトレースと、コンピューターを使ってレイヤーに分けてのCG制作で、しかも2色刷りにする作業は、かなり加重な労働であったのです。ようやく画像29枚を制作した後に、190字ほどの解説文をつけることを編集部より要求されて、この対応でミスの問題が起きたのです。

もともと彦坂尚嘉の特徴は、広範な美術を見て歩いて来ている事であって、個別研究の専門家ではないので、ひとつひとつの解説は百科事典に頼らざるをえません。それをカバーするために、自分の記憶や思い込みを書くとミスが出ることになったのです。と言っても大きなミスは29件のうちの2つで、パーセント計算で言えば7%弱です。2つのうちのひとつは「聴秋閣」でした。橋本麻里さんからは、次のようなご指摘を受けています。

 

85ページ

また三渓園にある「聴秋閣」について、「原富太郎に与えられて」とありますが、これは原三溪が購入、移築したものです。前後の記述を見る限り、wikipedia「聴秋閣」の項のコピー&ペーストではないかと推測されます。

 

それに対して、私は次の様なメールを返しています。

 上記のご指摘は、その通りです。

私自身は、宮川淳から大きな影響を受けた世代で、特に宮川淳の『引用の織物』という文章から大きな影響を受けています。フーコーの『知の考古学』からも大きな影響を受けていて、一人の著者が文章を書いた時に他者の書いたものとの連続性を有ることの事実性がかならずあって、その事実の認識は重要だと考えます。

今回の2色刷りの作品図版もそうですが、引用で成立しています。いわゆるシミュレーショニズムです。

 私の基本は、すべてを他人の文章の引用で織物のように書く事を理想としています。ですがコピー&ペーストについての社会的批判も理解するもので、ご批判は甘受し、ご指摘のことは、再度勉強して適切な形で修正させていただきます。

 

そういうわけで、まずは、次の誤植と事実誤認を訂正致します。

下記のご指摘は、藤原えりみさんからいただいたものです。藤原えりみさんには、『空想皇居美術館』を全部読んでいただいての校正をいただき、まことに感謝いたしております。

 

p39上段

「デンドゥール神殿」の記述:紀元前15世紀→紀元前15年?

 

p105 北斎「神奈川沖波裏」の記述:

北斎とクールベの生没年および活動時期、ヨーロッパにおけるジャポニスムを

考えると、影響関係は逆。

 

p192上段

彦坂の発言:

ハイコンテスト→ハイコンテキスト/ローコンテスト→ローコンテキスト

 

●後書き:橋本麻里さんのお名前が誤植。


以上訂正して、お詫び申しあげます。

彦坂尚嘉/hiko@ja2.so-net.ne.jp

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
橋本麻里さんからのご指摘を早くに受けながら、この訂正記事が遅れてしまった事も、深くお詫び申しあげます。ひとつは『空想皇居美術館』という独立したブログを立ち上げようとして、それが出来ずに、時間を費やしてしまった事です。もうひとつは、ミスにこそ深い問題が露呈しているので、自らのミスを掘り下げた『北斎の作品は《科学美術》であった』という小論を執筆していて、結局時間が流れ過ぎたので、その並記を諦めて、本日遅ればせながらアップした次第です。
数日後にこの小論もアップできればと思っています。
 


nice!(0) 

事実誤認と誤植の訂正/北斎とクールベ [空想皇居美術館]

北斎おしおくりはとうつせんのづ.jpg
葛飾北斎の「おしおくりはとうつうせんのづ」   集英社版『北斎美術館/全5巻』よりのスキャン画像

クールベの波2.jpg
ギュスターヴ・クールベ The Wave

葛飾北斎2ブログ.jpg
葛飾北斎の「おしおくりはとうつうせんのづ」 東京国立博物館のサイトよりのコピー画像

クールベの波5.jpg




『空想 皇居美術館』の美術史の問題で、重大な事実誤認をしていました。ご指摘をいただいたのは橋本麻里さんからです。

 一番大きなミスは、葛飾北斎とクールベの歴史的順番を間違えている事でした。葛飾北斎が、1760年年まれで、1849年に亡くなっていて、クールベは1819年生まれで1877年に亡くなっています。葛飾北斎の作品の正確な制作年は不明ですが、初期作品ですので大雑把に言っても18世紀後半ですから、クールベの生まれる前に作られた西洋版画を見ていることになります。つまりクールベの波ではなくて、別の西洋版画を見て、影響を受けていたのです。

橋本麻里さんのご指摘は、ごもっともなものなのです。

私の誤りを生んだのは、『北斎美術館全5巻』の中にある初期北斎の作品シリーズが、西洋銅画を見て、それを木版画で試みたという記述と、さらにその影響でつくった浪の初期木版画「おしおくりはとうつうせんのづ」が掲載されている記事です。

たぶん、それを非常に雑に私が読んで,クールベの波の複製銅版画が日本に入って来て、それを北斎が見たと、潜入観で早とちりして誤読したのだろうと思います。

これはヨーロッパでのジャポニズムが、彦坂が好きではなくて、基本学習が不十分であったので穴があいていたことが、そもそもの原因です。特に福本和夫氏の研究『福本和夫著作集 第五巻 葛飾北斎論』は傑出したもので、これを読んでいなかったのです。

しかも彦坂はジャポニズムにかぎらず正規の美術史に対してはかなりの無知無能で、多くの穴があります。彦坂は美術家として全人類の美術史を問題にしていて、日本美術だけでなく海外の美術に対しても非常に広範な領域を目配りして、《超1流》の作品を選択しているので、不正確な記述や思い違いや思い込みによる間違いの多いことは、自分自身でも予想していて、その責任をとる覚悟はしておりました。したがって今回のミスは、美術の専門家からみれば「彦坂は信頼のおけない」という証拠となるものでした。本人も日本美術史の個別専門家であるとは自称もしておりませんので、そのご批判は甘受せざるをえません。

 橋本麻里さんはブルータスの美術特集号『国宝』を一人で執筆なさった方です。

 実は橋本麻里さんには、この『空想 皇居美術館』の《超1流》の美術品を、日本美術史の中で論じる座談会の司会をお願いしていたのです。

私の初心としては、橋本麻里様にご参加を頂いて、美術史の専門家からのご批判も交えながらの記事を作りたかったのですが、それができずに出版せざるを得なかったのは、誠に残念でありました。

当初、日本美術史の専門家に入っていただいて鼎談を企画していたのです。

しかし、彦坂尚嘉が現代美術家でありながら、中学生の時から東京国立博物館に通っていて、眼で国宝/重要文化財を眼で暗記することをしていて、刀剣から陶磁器、仏像、建築、書まで広範な領域について《超1流》の美術品を探してく姿勢は狂気に満ちていて、大学時代は奈良、京都に新幹線でたびたび行って古美術を見て歩いていたので、こういう私に日本美術史の専門家の方は引いてしまったのです。

「対談しても話がもうまく噛み合わない、いい議論になりそうにもない」と相手にして下さらなかったのです。たしかに全領域の日本美術を見ていて、しかも欧米美術から現代美術/現代アートまでに目配りしている美術史の専門家は、いないのです。彦坂尚嘉は、美術オタクであって、オタクの狂気とゆがみがあるのです。しかし私自身は、学問を尊敬し、専門家の見解を謙虚に学ぶ態度であって、ゆがみに立て篭る様な姿勢は無いつもりです。

 こうして美術史の専門家の参加が実現できず、編集の高橋伸児さんからは「日程のこともありますから、鼎談は無しにしましょう」というメールが来たのです。それに対して彦坂尚嘉は、「日本美術史の専門家の不参加は残念ですが、ある程度は予想をしていました。”無し”というのは、明らかにマズいので、皇居美術館に収蔵するリストと一緒に、ある程度の文章が必要です。

橋本麻理さんとするということもありますが、橋本麻里さんもかなり引いておられるので、時間が押し詰まっていることもあって、親しくしている坂上しのぶ氏(ヤマザキマザック美術館学芸員)との対談ということでどうでしょうか? 原稿枚数20~30でまとめます」とお願いして、坂上氏の協力を得て『《超1流》の日本美術を集めた皇居美術館』という文章になりました。この文章では、今の所ミスは指摘されていません。

 ミスが出たのは、『皇居美術館所蔵作品 空想画集』の29枚の画像につけた解説文です。

 実はこの画像も当初、本物の日本古美術の写真を使う予定だったのですが、本の定価を下げるために彦坂尚嘉に制作依頼があって、急遽制作したものです。手描きのトレースと、コンピューターを使ってレイヤーに分けてのCG制作で、しかも2色刷りにする作業は、かなり加重な労働であったのです。ようやく画像29枚を制作した後に、190字ほどの解説文をつけることを編集部より要求されて、この対応でミスの問題が起きたのです。

もともと彦坂尚嘉の特徴は、広範な美術を見て歩いて来ている事であって、個別研究の専門家ではないので、ひとつひとつの解説は百科事典に頼らざるをえません。それをカバーするために、自分の記憶や思い込みを書くとミスが出ることになったのです。と言っても大きなミスは29件のうちの2つで、パーセント計算で言えば7%弱です。2つのうちのひとつは「聴秋閣」でした。橋本麻里さんからは、次のようなご指摘を受けています。

 

85ページ

また三渓園にある「聴秋閣」について、「原富太郎に与えられて」とありますが、これは原三溪が購入、移築したものです。前後の記述を見る限り、wikipedia「聴秋閣」の項のコピー&ペーストではないかと推測されます。

 

それに対して、私は次の様なメールを返しています。

 上記のご指摘は、その通りです。

私自身は、宮川淳から大きな影響を受けた世代で、特に宮川淳の『引用の織物』という文章から大きな影響を受けています。フーコーの『知の考古学』からも大きな影響を受けていて、一人の著者が文章を書いた時に他者の書いたものとの連続性を有ることの事実性がかならずあって、その事実の認識は重要だと考えます。

今回の2色刷りの作品図版もそうですが、引用で成立しています。いわゆるシミュレーショニズムです。

 私の基本は、すべてを他人の文章の引用で織物のように書く事を理想としています。ですがコピー&ペーストについての社会的批判も理解するもので、ご批判は甘受し、ご指摘のことは、再度勉強して適切な形で修正させていただきます。

 

そういうわけで、まずは、次の誤植と事実誤認を訂正致します。

下記のご指摘は、藤原えりみさんからいただいたものです。藤原えりみさんには、『空想皇居美術館』を全部読んでいただいての校正をいただき、まことに感謝いたしております。

 

p39上段

「デンドゥール神殿」の記述:紀元前15世紀→紀元前15年?

 

p105 北斎「神奈川沖波裏」の記述:

北斎とクールベの生没年および活動時期、ヨーロッパにおけるジャポニスムを

考えると、影響関係は逆。

 

p192上段

彦坂の発言:

ハイコンテスト→ハイコンテキスト/ローコンテスト→ローコンテキスト

 

●後書き:橋本麻里さんのお名前が誤植。


以上訂正して、お詫び申しあげます。

彦坂尚嘉/hiko@ja2.so-net.ne.jp

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
橋本麻里さんからのご指摘を早くに受けながら、この訂正記事が遅れてしまった事も、お詫び申しあげます。ひとつは『空想皇居美術館』という独立したブログを立ち上げようとして、それが出来ずに、時間を費やしてしまった事です。もうひとつは、ミスにこそ、深い問題が露呈しているので、自らのミスを掘り下げた『北斎の作品は《科学美術》であった』という小論を執筆してて、結局時間が流れ過ぎたので、その並記を諦めて、本日遅ればせながらアップした次第です。
数日後にこの小論もアップできればと思っています。
 


【続きはここをクリックして下さい】


nice!(0) 

事実誤認の訂正/北斎とクールベ+誤植 [空想皇居美術館]

世界の起源.jpg



この絵は、クールベの「世界の起源/The Origin of the World」という作品です。
見る人に不快感を与える面がある作品ですが、事実を事実として、直視している作品であって、エロティシズムはありますが、猥褻ではありません。

「猥褻」という言葉の定義は難しいし、人によって考えが違うでしょうが、彦坂尚嘉が「猥褻」という言葉を、この絵に投げかけると、こだま(木霊)が「猥褻ではない」と返ってくるのです。言葉を投げかけて判断するのが、《言語判定法》なのです。つまり画像をイメージだけで見るのではなくて、言語との関係で測定するのです。この場合、測定者の位置や、個人性はありますので、人によっては、同じ言語を使っても違う結果が出る可能性はあります。しかしそれは《イメージ判定法》でも同様の主観性はあるのです。《現実判定法》ともいうべき科学判定でも、観測者の主観の問題はあるというのが、現代自然物理学の常識なのです。ですから《現実判定法》だけが私的で主観的というものではありません。


この絵は精神分析医のジャック・ラカンが所有していた事のある絵で、現在はパリのオルセー美術館にあります。私は実物を見に行っています。絵のある部屋には椅子があって、私は座って、長々とこの絵を見ていましたが、不思議な絵画です。エロティックではありますが、しかし猥褻な絵画ではありません。
これは何なのだろうか?

彦坂尚嘉責任による世界の起源/The Origin of the Worldの芸術分析
 
《想像界》の眼で《第41次元〜50次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《第41次元〜50次元》の《真性の芸術》
 
 
《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現。
ただし《サントーム》は無い。

液体/固体/絶対零度の3様態をもつ多層的な表現。
ただし気体/プラズマの2様態は無い。
 
 
シリアス・アート》であって、《気晴らしアート》性は無い。
《ハイアート》であって、《ローアート》性は無い。
シニフィアン(記号表現)の表現で、シニフィエ(記号内容)表現ではない。
理性脳の表現であって、原始脳的な表現性は無い。

《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

《原芸術》《芸術》《反芸術》は有るが、
しかし《非芸術》《無芸術》《世間体のアート》性が無い。

貴族の芸術

作品空間の意識の大きさが《国家》である。

鑑賞構造が《対話》である。

呪術美術や宗教美術ではなくで、科学美術である。
ただし情報美術ではない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

《言語判定法》での芸術分析をしてみて分かる事は、
何よりも液体美術であって、つまり近代絵画です。
そして宗教美術ではなくて、科学美術であるということです。

キリスト教美術というのがありましたし、仏教美術というのがあったのですが、キリスト教は美術ではないし、仏教も美術ではありません。つまり美術そのものは仏教やキリスト教ではないのですが、それが宗教と接合していた。そうした宗教美術の時代が終わって、今度は美術が科学という《近代》の上部構造と接合したのが、クールベの絵画であったのです。科学美術というものの魅力が、この女性の股間を見つめる眼差しになっているのです。

そこには《原芸術》《芸術》《反芸術》性はありますが、
芸術の下部構造である装飾性やデザイン性、
そして《世間体のアート》性がありません。

何よりも驚くのは《想像界》《現実界》には
《第41次元〜50次元》しかない表現である事です。
このことは山本藍子の絵画作品や、大木裕之の映画にも共通して
見られる構造なのです。
つまり《第41次元 戦争領域》の芸術なのです。

748px-Courbet,_Gustave_-_Woman_with_White_Stockings_-_c._1861.jpg

クールベというと、自然主義リアリズムの画家として教えられていますが、
しかしこのようなエロティックな絵画にある眼差しというものが、
猥褻ではないということにおいて、改めて問われるものを持っている
のです。
猥褻とエロティシズムの差とは何なのか?

彦坂尚嘉責任による白いストッキングの少女の芸術分析
 
《想像界》の眼で《第41次元〜50次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《第41次元〜50次元》の《真性の芸術》
 
 
《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現。
ただし《サントーム》は無い。

液体/固体/絶対零度の3様態をもつ多層的な表現。
ただし気体/プラズマの2様態は無い。
 
 
《シリアス・アート》であって、《気晴らしアート》性は無い。
《ハイアート》であって、《ローアート》性は無い。
シニフィアン(記号表現)の表現で、シニフィエ(記号内容)表現ではない。
理性脳の表現であって、原始脳的な表現性は無い。

《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

《原芸術》《芸術》《反芸術》は有るが、
しかし《非芸術》《無芸術》《世間体のアート》性が無い。

貴族の芸術

作品空間の意識の大きさが《国家》である。

鑑賞構造が《対話》である。

呪術美術や宗教美術ではなくで、科学美術である。
ただし情報美術ではない。

クールベのエロティシズムの絵画は《シリアス・アート》であって、
《気晴らしアート》ではないのです。
それ以上に重要なことは、すでに述べたように液体美術という
《近代》の美術であって、しかも科学美術である事です。

このことは、同じ様な少女の股を描いたバルテュスの作品と比較すると
明らかになります。

Balthus1938.jpg

Courbet+Sleep.jpg

閑話休題、葛飾北斎の作品に関して、彦坂尚嘉が基本的な間違いを
『空想皇居美術館』(朝日新聞出版


この波はボリュウムのあるもので、しかも遠景との関係をふくめて見ると、
西洋遠近画法で描かれています。
西洋の透視画法を用いた「浮絵」の作品なのです。

北斎の出発は、実は西洋遠近画法を吸収した浮世絵版画の制作がデビュー作品
なのです。この作品も、初期の西洋の銅板画を見て、影響を受けた作品と
言われています。

北斎は司馬江漢らによって江戸に広まった洋風画に多大な感心を寄せる所から、
出発しているのです。



柄谷行人は、『』

クールベの波2.jpg


クールベの波5.jpg

クールベの波7.jpg

クールベの波6.jpg

クールベの波5.jpg



クールベの波3.jpg


nice!(0) 

事実誤認の訂正/北斎とクールベ+誤植 [空想皇居美術館]

世界の起源.jpg



この絵は、クールベの「世界の起源/The Origin of the World」という作品です。
見る人に不快感を与える面がある作品ですが、事実を事実として、直視している作品であって、エロティシズムはありますが、猥褻ではありません。

「猥褻」という言葉の定義は難しいし、人によって考えが違うでしょうが、彦坂尚嘉が「猥褻」という言葉を、この絵に投げかけると、こだまが「猥褻ではない」と返ってくるのです。言葉を投げかけて判断するのが、《言語判定法》なのです。つまり画像をイメージだけで見るのではなくて、言語との関係で測定するのです。この場合、測定者の位置や、個人性はありますので、人によっては、同じ言語を使っても違う結果が出る可能性はあります。しかしそれは《イメージ判定法》でも同様の主観性はあるのです。《現実判定法》ともいうべき科学判定でも、観測者の主観の問題はあるというのが、現代自然物理学の常識なのです。ですから《現実判定法》だけが私的で主観的というものではありません。


この絵は精神分析医のジャック・ラカンが所有していた事のある絵で、
現在はパリのオルセー美術館にあります。
私は実物を見に行っています。絵のある部屋には椅子があって、
私は座って、長々とこの絵を見ていましたが、不思議な絵画です。
エロティックではありますが、しかし猥褻な絵画ではありません。
これは何なのだろうか?

彦坂尚嘉責任による世界の起源/The Origin of the Worldの芸術分析
 
《想像界》の眼で《第41次元〜50次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《第41次元〜50次元》の《真性の芸術》
 
 
《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現。
ただし《サントーム》は無い。

液体/固体/絶対零度の3様態をもつ多層的な表現。
ただし気体/プラズマの2様態は無い。
 
 
《シリアス・アート》であって、《気晴らしアート》性は無い。
《ハイアート》であって、《ローアート》性は無い。
シニフィアン(記号表現)の表現で、シニフィエ(記号内容)表現ではない。
理性脳の表現であって、原始脳的な表現性は無い。

《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

《原芸術》《芸術》《反芸術》は有るが、
しかし《非芸術》《無芸術》《世間体のアート》性が無い。

貴族の芸術

作品空間の意識の大きさが《国家》である。

鑑賞構造が《対話》である。

呪術美術や宗教美術ではなくで、科学美術である。
ただし情報美術ではない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

《言語判定法》での芸術分析をしてみて分かる事は、
何よりも液体美術であって、つまり近代絵画です。
そして宗教美術ではなくて、科学美術であるということです。

キリスト教美術というのがありましたし、仏教美術というのがあったのですが、キリスト教は美術ではないし、仏教も美術ではありません。つまり美術そのものは仏教やキリスト教ではないのですが、それが宗教と接合していた。そうした宗教美術の時代が終わって、今度は美術が科学という《近代》の上部構造と接合したのが、クールベの絵画であったのです。科学美術というものの魅力が、この女性の股間を見つめる眼差しになっているのです。

そこには《原芸術》《芸術》《反芸術》性はありますが、
芸術の下部構造である装飾性やデザイン性、
そして《世間体のアート》性がありません。

何よりも驚くのは《想像界》《現実界》には
《第41次元〜50次元》しかない表現である事です。
このことは山本藍子の絵画作品や、大木裕之の映画にも共通して
見られる構造なのです。
つまり《第41次元 戦争領域》の芸術なのです。

748px-Courbet,_Gustave_-_Woman_with_White_Stockings_-_c._1861.jpg

クールベというと、自然主義リアリズムの画家として教えられていますが、
しかしこのようなエロティックな絵画にある眼差しというものが、
猥褻ではないということにおいて、改めて問われるものを持っている
のです。
猥褻とエロティシズムの差とは何なのか?

彦坂尚嘉責任による白いストッキングの少女の芸術分析
 
《想像界》の眼で《第41次元〜50次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《第41次元〜50次元》の《真性の芸術》
 
 
《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現。
ただし《サントーム》は無い。

液体/固体/絶対零度の3様態をもつ多層的な表現。
ただし気体/プラズマの2様態は無い。
 
 
《シリアス・アート》であって、《気晴らしアート》性は無い。
《ハイアート》であって、《ローアート》性は無い。
シニフィアン(記号表現)の表現で、シニフィエ(記号内容)表現ではない。
理性脳の表現であって、原始脳的な表現性は無い。

《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

《原芸術》《芸術》《反芸術》は有るが、
しかし《非芸術》《無芸術》《世間体のアート》性が無い。

貴族の芸術

作品空間の意識の大きさが《国家》である。

鑑賞構造が《対話》である。

呪術美術や宗教美術ではなくで、科学美術である。
ただし情報美術ではない。

クールベのエロティシズムの絵画は《シリアス・アート》であって、
《気晴らしアート》ではないのです。
それ以上に重要なことは、すでに述べたように液体美術という
《近代》の美術であって、しかも科学美術である事です。

このことは、同じ様な少女の股を描いたバルテュスの作品と比較すると
明らかになります。

Balthus1938.jpg

Courbet+Sleep.jpg

閑話休題、葛飾北斎の作品に関して、彦坂尚嘉が基本的な間違いを
『空想皇居美術館』(朝日新聞出版


この波はボリュウムのあるもので、しかも遠景との関係をふくめて見ると、
西洋遠近画法で描かれています。
西洋の透視画法を用いた「浮絵」の作品なのです。

北斎の出発は、実は西洋遠近画法を吸収した浮世絵版画の制作がデビュー作品
なのです。この作品も、初期の西洋の銅板画を見て、影響を受けた作品と
言われています。

北斎は司馬江漢らによって江戸に広まった洋風画に多大な感心を寄せる所から、
出発しているのです。



柄谷行人は、『』

クールベの波2.jpg


クールベの波5.jpg

クールベの波7.jpg

クールベの波6.jpg

クールベの波5.jpg



クールベの波3.jpg


nice!(0) 

獅子口 [空想皇居美術館]

獅子口帝国プラズマのコピー.jpg

獅子口ブログ用オリジナル.jpg
獅子口 室町時代 15から16世紀 縦22.0×幅17.4×高10.8 国立能楽堂 
情報出典:『開場25周年記念 国立能楽堂コレクション展 能の雅 狂言の妙』カタログ 2008年 

大喝食 [空想皇居美術館]

能面大喝食4世界帝国プラズマ.jpg

能面大喝食4.jpg
大喝食 江戸時代 19世紀 縦21.0×幅13.7×高7.6 国立能楽堂寄託 
情報出典:『開場25周年記念 国立能楽堂コレクション展 能の雅 狂言の妙』カタログ 2008年 

いま皇居について考える視点 [空想皇居美術館]

 

「空想 皇居美術館出版記念展覧会シンポジウム


いま皇居について考える視点


||平沢剛(映画研究。明治学院大学非常勤講師

|山名善之(建築学者)

|彦坂尚嘉(現代美術家、美術史批評、立教大学大学院特任教授)

|新堀学(建築家、NPO地域再創プログラム副理事)

 

 

http://www.youtube.com/watch?v=ZzCMl_fPSGM

http://www.youtube.com/watch?v=fwBFoSDTR9w

http://www.youtube.com/watch?v=Brs-qNVMwug

http://www.youtube.com/watch?v=Bi3Zcu9nQxA

http://www.youtube.com/watch?v=zSmqnyEwj20

http://www.youtube.com/watch?v=ZzCMl_fPSGM

http://www.youtube.com/watch?v=fwBFoSDTR9w

http://www.youtube.com/watch?v=wMxRi_Y9sZ4

 

 

5月16日(日)

|開催場所 :Temporary Contemporary at Tamada Projects (〒104-0052 東京

|都

|中央区月島1-14-7 旭倉庫2F)

|主 催 :朝日新聞出版

|共 催 :タマダプロジェクトコーポレーション

|5月16日(日) 19:00 〜 21:00

|


 



nice!(0) 

大喝食 [空想皇居美術館]


能面/大喝食変形.jpg
能面/大喝食.jpg

能面/大喝食


大喝食(おおかっしき)というのは、能面の一種で、少年の顔です。能面というのも、多くは形骸化してしまって《第8次元》の凡庸なものになっていますが、ここに上げた図版の面は『空想皇居美術館』所蔵の《超次元》、つまり《超1流》の名品です。凡庸な能面とは一線を画した魅力と力に満ちています。

nice!(0) 
前の10件 | - 空想皇居美術館 ブログトップ
メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。